古墳探訪記 -7ページ目

古墳探訪記

関東中心に古墳を巡っています。現存している古墳、削平してしまった古墳を含め、すべて写真で記録していきます。時々、神社や地形についても触れていきます。1000年以上も続いた古墳のある風景、後世に残していきたいものです。

昨年の大晦日に訪れた栃木県益子町にある日向(ひなた)古墳群、続きです。

 

小貝川の支流、小宅川の右岸丘陵上。標高は117~108メートル、舌状に張り出す南西向き緩斜面に営まれた7基からなる日向古墳群。

 

↑昨日もアップした日向古墳群位置図

矢印に沿って小道を進んで行きます。

 

 

 

↑小道を進んで、写真正面。植林された木々の中に日向古墳群2号墳が見えてきましたおねがい

 

 

 

↑日向古墳群2号墳、東側の様子

直径20メートル前後、高さ2.5メートル前後の円墳。

場所はこのあたり:  36.514181, 140.121030

 

 

 

↑南側の様子

個人的にこのような古墳を見つけたりするの・・・・ワクワクするんですよねチュー

分布図を見て、道もまともにないような森の中で古墳を見つける!最高の瞬間です。

ま~、あまりに藪化している時はガッガリしますがチーン

 

 

 

↑日向古墳群2号墳、西側の様子

 

益子町の日向古墳群、明日も続くウインク

しばらく愛媛県今治市の古墳が続いていたので、今日は栃木県益子町の古墳をアップします。

 

一昨年の12月30日、昨年の1月8日と2回、益子町の日向古墳群7号墳を訪れてます。

↑石室の一部が露頭している日向古墳群7号墳。

 

 

↑日向古墳群の位置図と7号墳の位置

小貝川の支流、小宅川の右岸丘陵上。標高は117~108メートル、舌状に張り出す南西向き緩斜面に営まれた7基からなる日向古墳群。

以前は7号墳から斜面を登って他の古墳を見つけようと思ったのですが、周辺は小宅城跡!壕もあるし土塁もあるしで、まともに歩けなかったんです滝汗

 

 

 

↑昨年の大晦日、矢印の方向から日向古墳群探訪、再チャレンジですグッ

 

 

 

↑写真右側の道を登って行きます。

写真を撮った場所はこのあたり: 36.515488, 140.121816

 

 

 

位置図を見るかぎり、1号墳って道の左側(東側)にあるはずなのですが、どうにも見当たらずえー

↑1号墳の位置

消滅した??

 

 

 

↑アヤシイ場所

日向古墳群1号墳は直径22メートル、高さ2.5メートルの円墳。周湟の痕跡も確認できると『益子町史』にあります。

規模的にはけっこう大きな墳丘なので、これは違うかな口笛

 

 

 

↑日向古墳群1号墳?南東側から

小さな石祠が3基お願い

 

 

 

↑振り返ると大きな鳥居がありましたお願い

祠の大きさからすると不釣り合いな立派な鳥居です。

 

1号墳はここなのか?それとも別の場所にあったのか?それとも消滅したのか?

後日、『古墳なう』のご~ご~ひでりんさんがきっとレポートしてくれると思うので、気長に待ちたいと思います爆  笑

昨年12月17日に訪れた愛媛県今治市の古墳、続きです。

 

↑今日アップする牛神古墳は駐車場もありますラブ

写っている車は今回の墳活一人旅で3日間お世話になったトヨタのレンタカー。

(軽自動車を予約したつもりが、コンパクトカーを借りてしまいましたあせる)

 

 

 

↑現在は今治市ですが、合併前は「朝倉村」。

「古墳の里 あさくら」ですってラブラブ

 

 

 

↑牛神古墳から出土した須恵器がたくさん展示されていました。

須恵器は高坏、坏、壺、瓶など。

 

 

 

↑墳丘へお願い

 

 

 

↑牛神古墳の解説板

直径13メートル、高さ4メートル、6世紀後半築造の円墳。

1つの墳丘に2基の石室をもちます。

 

 

 

↑両袖式横穴式石室を覗いてみます。当然、鍵はかかっていますチーン

 

 

 

↑電気がつきましたひらめき電球

全長6メートル、玄室長さ4メートル、幅2メートル、天井高2.5メートル。

 

 

 

↑天井高2.5メートル!中に入りたかったな~えーん

 

 

 

↑牛神古墳、南東側から

 

 

 

↑「陪塚」?2基目の石室がある箇所ってことかな?

全長2メートル、幅1~1.3メートルの竪穴式石室とのこと。

 

 

 

↑牛神古墳、東側から見上げて

手前は道路によって削られてますが、台地上にあるのがよくわかります。

 

今治市(旧朝倉村)の古墳、後日に続くウインク