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古墳探訪記

関東中心に古墳を巡っています。現存している古墳、削平してしまった古墳を含め、すべて写真で記録していきます。時々、神社や地形についても触れていきます。1000年以上も続いた古墳のある風景、後世に残していきたいものです。

今日も千葉県佐倉市の話題です。(熊がいない千葉県です口笛)

 

↑台地の端、いかにも「ザ・古墳」という感じの六崎外出(むつざきそとで)1号墳、南西側から。

JR佐倉駅から南へ1キロほどの場所。住宅地の中にあります。

 

『ちば情報マップ』では種別「塚」。

『全国文化財総覧』では種別「不明」。

 

場所はこちら: 35.702561, 140.230278

 

 

 

↑南側から

直径20メートル、高さ2.5メートル。

 

 

 

↑東側から

どうやら古墳自体の調査はされてないようですが、訪問時は建物が建築中だった六崎外出1号墳の北西側からは、周溝がみつからなかったとのこと。そのため「古墳」と確定するものがないのでしょうね。

 

 

 

↑墳頂の小さな祠お願い

 

 

 

↑祠の中

寛文十二年 愛宕大権現と刻まれてます。寛文十二年は西暦1672年、江戸幕府第4代将軍、徳川家綱の時代。

 

 

 

↑祠の裏の様子

 

 

 

↑頂上から東側方向

 

 

 

↑土師器のような破片も落ちてますがキョロキョロ

ふっき~は専門家ではないので、この破片から時代は想像できませんえーん

 

 

 

↑六崎外出1号墳、北東側から

「古墳」じゃないのかな~?周溝がない「古墳」だってけっこうありますしね。どうなんでしょうか?

昨日アップした千葉県佐倉市にある岩富小鯨1号墳という「塚」をアップしました。佐倉市岩富と言えば、けっこう以前に佐倉市岩富にある前方後円墳を見に行ったことがあるな~と思い出したので、再訪してみました。

 

↑2018年に訪れた岩富木村留(いわとみきむらとまり)8号墳。

 

 

 

↑7年ぶりの岩富木村留8号墳、北東側から。

以前と同じように木々でボーボーです。

左側が後円部、右側が前方部の前方後円墳。

 

墳長30メートル、高さ4メートル。

 

場所はこちら: 35.666213, 140.252208

 

 

 

↑後円部の様子

 

 

 

↑こちらは岩富木村留9号墳を望遠であせる

直径10メートル、高さ1.5メートルの円墳。

 

あっ!古墳がある!と見つけて走る人近寄って行ったら、地域住民と思われる方が数名いたので、人見知りのふっき~は1枚だけ写真を撮ってUターンしてしまいましたチーン

 

 

 

オマケ・・・・

 

岩富木村留8号墳の近くで見つけたのですが・・・・

↑これって自然地形ですかね?それとも城(館)跡ですかね?

詳しい方のコメント、気長に待ちたいと思いますおねがい

場所はこのあたり:35.667729, 140.252946

昨日アップした千葉県佐倉市にある岩富榎戸3号墳。そこから北へ400メートルほどの場所、『ちば情報マップ』にマークがあったので見に行ってみました。

 

↑車を運転しながらも気が付けた岩富小鯨(いわとみこくじら)1号墳、南西側から。

「古墳」と思って探しに行きましたが、あらためて『ちば情報マップ』を見たら、「古墳」ではなく「塚」扱いでしたえー

直径6メートル、高さ1メートルの円形。

 

道路が「塚」を避けるようにカーブを描いています。

 

場所はこのあたり: 35.665257, 140.239780

 

 

 

↑岩富小鯨1号墳、西側から

現地ではよくわかるマウンドだったのですが、写真だとイマイチわかりませんね滝汗

 

 

 

↑南東側から

どうして「小鯨」という名前なのかな?おそらく小字から付いた名前だと思うのですが、その小字・・・・「鯨」由来の何かがあったのかな??

 

千葉県佐倉市にある「古墳」や「塚」、まだまだ続きますウインク