古賀市の古墳 | 古墳探訪記

古墳探訪記

関東中心に古墳を巡っています。現存している古墳、削平してしまった古墳を含め、すべて写真で記録していきます。時々、神社や地形についても触れていきます。1000年以上も続いた古墳のある風景、後世に残していきたいものです。

3月3日から1泊2日で訪れた福岡県墳活一人旅の続きです。

 

↑今日アップするのは国指定史跡!の船原(ふなばる)古墳

出土品の多さ、貴重さから国指定の史跡になっています。

写真左奥に写っているのが前方後円墳の船原古墳。

 

 

 

↑史跡公園として整備中のようです。

左側が船原古墳の後円部。右側が円墳の船原2号墳。

 

 

 

↑国史跡 船原古墳の解説板

 小山田と谷山の境にある船原古墳は、6世紀の終わりから7世紀はじめに築かれた前方後円墳です。後円部には複室の横穴式石室を造っています。墳丘の外には土坑が7基あり、このうち3基の土坑からは馬具や武具など多くの品物が発見されました。

 1号土坑には、馬具、武具、農工具など500点を超える品物が納められていました。馬具は6頭分納められており、他に例のない形の金銅製歩揺付飾金具(雲珠)、国内3例目の馬冑や国内初のガラス製装飾付金銅製辻金具など朝鮮半島に出土例が知られているものも含まれています。

 

 

 

↑解説板の一部をアップで

馬冑(ばちゅう)は今のところ国内で3つしか出土していません。

和歌山市の大谷古墳行田市の将軍山古墳、そしてこちら古賀市の船原古墳。

 

 

 

↑こちらが船原2号墳

出土した土師器などから6世紀後半築造(船原古墳より少し古い)と推定されています。

※船原3号墳は右奥、住宅が建っている場所にあったようです。

 

 

 

↑こちらが船原古墳、南側から

現状の全長は37.4メートル、後円部径24.2メートル、6世紀末~7世紀初頃築造の前方後円墳。

ブルーシートの下に石室があります。

 

 

 

↑船原古墳が独特なのは、周辺の土坑にたくさんの埋蔵物があったことと、須恵器を割ってから分けて土坑に納められているなどキョロキョロ

 

 

 

↑墳丘上に立ち入ることができないので、報告書『船原古墳Ⅰ』から拝借した、羨道部の写真を載せておきます。

実は墳丘上に上がって、ブルーシートの隙間から石室の写真を撮ったりしましたが、さすがにブログには載せられません。

明日は福岡県福津市の古墳ですウインク