奈良県北葛城郡河合町川合 (河合)大塚山古墳 | 古墳探訪記

古墳探訪記

関東中心に古墳を巡っています。現存している古墳、削平してしまった古墳を含め、すべて写真で記録していきます。時々、神社や地形についても触れていきます。1000年以上も続いた古墳のある風景、後世に残していきたいものです。

今日アップするのは2年前にタケノコ堀りをしていた近所の親子・子どもたちによって円筒埴輪が持ち去られたというニュースで(一部のマニアの中では)有名になった(河合)大塚山古墳です。

 

↑国土地理院の航空写真(赤い文字はふっき~が加筆)

地理院地図 / GSI Maps|国土地理院

たくさんの古墳が集中していますおねがい

 

↑円筒埴輪が持ち去られたというニュースは、以前ブログでも触れたことがありました。
 
その後、元に戻された円筒埴輪2つのうち、1つには3隻の舟が刻まれており、かなり貴重なものだったようですびっくり
 
 
 
↑河合大塚山古墳、北西側よりカメラ

左側が「後円」部、右奥が「前方」部の前方後円墳。

 

 

↑(河合)大塚山古墳の解説板

全長197(215)メートル、後円部径108メートル、前方部幅123メートル、5世紀後半築造の前方後円墳。

 

墳丘北西側にこの看板があります。そこから走る人周堤上を歩いて行きましたニヤリ

 

 

↑北東側より

左奥が「前方」部、右側が「後円」部。

大きな古墳なので、スマホの広角を使って撮ってます。

 

 

↑墳丘東側に近づける道がありましたおねがい

 

 

↑こちらの解説板は字が薄れてますね。左側のは円筒埴輪持ち去り事件後、設置されたもの。

 

 

↑墳丘へ登りますお願い

 

 

↑まずは「前方」部へ。

「前方」部上には明治天皇が陸軍の演習をこの古墳上から見学したという記念碑があります。

 

 

↑「前方」部から「後円」部方向

埴輪の破片マニアのふっき~(笑)当然掘ったりはしません。見つけやすいポイントがあったりするのですが、河合大塚山古墳では破片を見つけることはできませんでした口笛

 

 

↑「後円」部から「前方」部方向

埴輪持ち去り事件の親子って、タケノコを掘ってたら、たまたま出てきたのかな?それとも、円筒埴輪が突き出ていたのかな?キョロキョロ

 

 

↑後円部墳頂、ロープが張られていますねびっくり

 

 

↑竪穴式石室がある箇所なのかな?

 

 

↑南東側より

左側が「前方」部、右奥が「後円」部。

 

しばらく河合町の大塚山古墳群、続きますウインク