今回は家族の話題が中心です
「神社古墳」を訪れた場合、まずは参拝して、古墳の写真を撮ったりブログに載せることを告げるようにしています
昨年末の12月21日に訪れた菅原神社では、上記のこと+娘(浪人生)の合格祈願を真剣にお願いしてきました
↑菅原神社(2月22日)
長男(大学4年)と次女(高校1年)は、頭の回転も速かったり運動神経も抜群。なぜか長女だけ勉強もイマイチ、運動もイマイチ
ただ、だからこそプライドもあったのでしょうね・・。
実は去年、長女はある大学に合格してたんですよ
当時、妻と長女がよくケンカしていました。
妻:「合格したんだから、行きなさい!」
長女:「行きたいくない!浪人する!」
妻が学費の初回納入分を振り込んだにも関わらず、長女は「浪人する!」を繰り返し・・・・
昨年の3月のある日、妻の容態が急変、救急車で運ばれました。
(妻は肺がん、ステージ4の診断を受けてから1年半ほど経過していました)
家にいたのは長女のみ。(長男・次女は不在)
救急車にも一緒に乗って、意識が薄れつつある妻を病室で付き添っていたのは長女だけです。
連絡を受け、私が病室に駆け付ける1時間ちょっとの間、長女はかなり心細くて心配だったのでしょうね。
私が病室に来ると、いきなり泣き出してしまいました。
その泣き声で、やや意識が戻った妻が「〇〇大学、行かないって・・」と、私に話をしてきます。
それを聞いた長女、声にならない声で「浪人するから」と泣きじゃくりながら主張していました・・。
この妻と長女のやり取りが、私の聞いた、事実上、妻の最後の会話なんです
↑菅原神社の梅(2月22日)
妻が亡くなったあと・・・・
私が「予備校に通ったら」と提案しても、学費で迷惑をかけたという考えなのか?「宅浪」を選択。
4月以降は高校1年生になった妹のためにお弁当を作ってあげたり、お母さんの代わりのように色んなことを妹にアドバイスしてたり・・
長女は何も語りませんが、3人兄弟の中で、一番母親に甘えていたのは長女だったんですよね。その長女が、母親とケンカ状態のまま永遠の別れとなってしまった訳で・・。一番辛かったと思うんですよ
いよいよ受験の本格シーズン直前になって訪れた菅原神社では「娘を合格させて」と真剣にお願いしてきました
↑同じく菅原神社にて
その後、いよいよ受験シーズンに突入。絶対安全圏の大学を2校受験。
安全圏のはずの2校が不合格だったのです
1週間ほど「2浪するのか?専門学校に行くのか?就職するのか?」・・自分まで頭がクラクラするような状態でした
その2校と比べたら、偏差値だと10くらい上の大学、無事に合格したとのラインが入った時は、絶叫しました(笑)←古墳探訪中に寄った吉見町の道の駅でのこと。
↑菅原神社
神がかり的な力が作用した?と思えるような(笑)結果なので、すぐに御礼参りに行ってきました何度も「ありがとうございます」を繰り返してきました。
↑本殿裏の菅原神社古墳(帯刀古墳群18)も再訪
↑この石、石室石材に見えるけどなー
↑境内社の封治神社も参拝
前回は左の野見宿禰様だけお参りしたのですが、今回は右の少彦名命様もしっかりとお参りしました
大学の入学手続きも完了。一昨日は来年の成人式用の着物の試着に行ってきたようで(もう、予約するんですよ)着物を着て嬉しそうな長女の写真がラインで送られてきました
笑顔で過ごせる毎日って、本当にいいですね