前回の上下諏訪神社の続きです。
『市原市諏訪台古墳群・天神台遺跡Ⅱ』によると、弥生時代の方形周溝墓から古墳時代の古墳、中世の塚にいたるまで、この地域には見つかったものだけで300基もの「墓」があったもようです。神聖な場所だったのでしょうね。
↑表参道から見ると本殿の左手にある諏訪台9号墳、左手が「前方」部、中央が「後方」部。
↑諏訪台9号墳、南東側から見ると古墳ということがよくわかります。「後方」墳頂には巨大なシイの木??主体部は見つかっていないですが、大きな木の根でグチャグチャになっていそうです。
↑『市原市諏訪台古墳群・天神台遺跡Ⅱ』より
赤い枠が諏訪台9号墳、測量した図を見ても「前方後方墳」というのがわからないくらい変形しています。ちなみに、他の四角いものとか丸いものとか、全部「墓」です。四角は弥生時代の方形周溝墓か古墳時代の方墳、丸いのは古墳時代の円墳と思って下さい。上下諏訪神社境内に残った3基の古墳以外は全部削平や埋め戻され住宅地になったりしています。
↑諏訪台9号墳、北側より
破片ファンの方々へ、お待たせしました。土器系の破片、墳丘北側にありました
↑破片の反対側、専門家ではないので、ハッキリはわかりませんが、もしかしたら弥生土器かも
もしくは土師器か・・。埴輪ではなさそうです。
↑北側より、この上の木々がある所が諏訪台9号墳、段丘上、台地の突端ということがよくわかります。