坂戸市内にある前方後円墳の中で
最大の規模です。
↑胴山古墳(南側より)
長さは60メートルちょっと。
6世紀後半に築かれたものです。
ただ、かなり削られており
原型を留めておらず
実際の大きさはわかりません。
この古墳の西の方には
「勝呂廃寺」とよばれる
かなり大きな寺院が
あったもようです。
出土した瓦から
7世紀頃に作られたものと
考えられるお寺です。
聖武天皇による国分寺・国分尼寺が
全国に作られるのは8世紀なので
それ以前のお寺。
前回のブログでも触れましたが
この胴山古墳を中心とする勢力の首長クラスが
氏寺として建てたのが
勝呂廃寺でしょうか?
↑胴山古墳の西側
以前はこのあたりに案内文があったようです。
↑胴山古墳の北側
木もたくさん。
草もボーボー。
まったく管理はされていません。
ネットで調べてから胴山古墳に行ったので
てっきり「案内文」があるものと思っていました。
そのため「ここで間違いないのかなー」と
不安を感じながら古墳の周囲を歩いていたのです。
たまたま北側の道路を挟んだお宅の方が畑にいたので
「すいません!これって古墳ですよね?」って
声をかけてみました。
「そうですよ。先っぽがなくなってますけどね」との返事。
優しい人でよかった
草を踏み分けて
中に入ってみましたが
蚊の大群に襲われ
蜘蛛の巣だらけの藪に悪戦苦闘し
進めども進めども
「前方」も「後円」も感じることができないくらい
木と草だらけの状態でした。
ちなみに翌日に確認したら
左足だけで20か所も
蚊に刺されていました
この胴山古墳
石室も現存しておらず
埴輪も見つかっていないようなのに
どうして6世紀後半って
わかったのかな?
それと先ほどの親切なオジサンが言った
「先っぽがない」・・
先っぽ・・
「前方」の部分ってことかな??
埼玉県や坂戸市が管理していない古墳なので
木も草もすごい状態です。
探訪をおすすめできませんが
行くとしたら、やはり冬なんでしょうね。