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自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

染めと織の万葉慕情28

 萩の花

   1982/10/15 吉田たすく

 

山上憶良の秋の七草の中で、いちばんたくさん歌われている草は何といっても萩(ハギ)の花です。 赤紫の小さな花を丸みの葉とならんで、ふさふさとたれた長い枝がもつれあって秋風にそよぐ風情は、秋の代表の花なのでしょう。万葉植物中もっとも多く歌われた植物で、百四十一首もあります。その萩の美しさを風景画的にして歌い、また秋の恋歌にしています。 そして萩の花の点景として鹿が遊んでいるのです。

萩と鹿の歌は二十数首あります。

 

大伴旅人の歌

 

 わが岡に

  さ男鹿来鳴く(さおしかきなく)

   初はぎの

  花妻問ひに

   来(き)鳴くさ男鹿(さおしか)

 

 この歌は大変に句調のよい歌で、さ男鹿、さ男鹿とくりかえし歌われて、花妻(つまり美しい妻であり萩の花である)を妻問に来て萩の草むらの下で牡鹿は恋の相手を招いている。万葉当時は、鹿がそのあたりの野に見えたのでしょう。

 

 秋萩の

  散りのまがひに

   呼び立てて

  鳴くなる鹿の

   聲のはるけさ

 

 秋も深まり、秋萩がばらぱらと散っていく時期になり、牡鹿の妻問ふさみしい声がはるか彼方の山波まで聞こえている景色の歌です。

 

妻恋いに

 鹿(か) 鳴く山辺の

  秋はぎは

 露霜寒(つゆしもさむ)み

  盛り過ぎ行く

 

牡鹿の鳴いていた秋萩の花も、露霜の寒さに盛りはすぎてしまって、だんだん秋も深まって行きます。

 

 奥山に

  住むとふ鹿の

   初夜(よい)さらず

  妻問萩の

   散らまく惜しも

 

 奥山に住むという牡鹿が、宵ごとに妻問に来て鳴いている萩のくさむら、その秋萩の散って行くのはおしい事である。

 

この歌もそうですが、萩の歌の大半は作者不詳の歌なのです。

 という事は、萩の花は古くから民衆の間に愛され、生活に密着した秋の花であったのです。

 自然の萩だけでなく、庭さきにも植えてながめた歌もあります。

 

 わが屋どに

  咲ける秋萩

   常にあらば

  わが待つ人に

   見せましものを

 

 わが屋どに

  植え生(お)ほしたる

   秋萩を

  誰か標(しめ)刺す

   われに知らえず

 

はじめの歌は、いつまでも萩が咲いていてくれたならあの人に見せたい。 次の歌は、わが家に植えた秋萩に私がしらないまに占有のしるしをしてしまったのは誰だろう。

私が愛するこの萩を(いとしい児を)というのです。

 

 高円(たかまど)

  野辺の秋萩 

   いたづらに

 咲きか散るらむ

  見る人無しに

 

この歌は笠金村(かさのかなむら)の歌で、志貴皇子が、高円山の宮でなくなったのを悼んで歌ったものです。

 

高円山の野辺の秋萩は、いたずらに空しく咲いては散り咲いては散ってゆくでしょうか。見る人も無いのに。見る人、すなわち萩の花を愛していた志貴皇子なのです。

 

     (新匠工芸会会員、織物作家)

 

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万葉に詠われているハギは、ハギ属の中のヤマハギという品種だと言われています。

 

我が岡にさお鹿来(き)鳴く 初萩の 花妻(はなつま)どひに来(き)鳴くさお鹿

意味

私の岡に、牡鹿がやってきて鳴いている。萩の花に求婚しにやってきた鹿が。

 

妻恋い 鹿鳴く山辺の 秋はぎは 露霜寒み 盛り過ぎ行く

妻を慕って、牡鹿が鳴く山辺に咲く秋萩は露霜が寒々として、もう盛りが過ぎていくのでしょう。 内舎人石川朝臣広成

染めと織の万葉慕情27 

 葛布 2  

   1982/10/08 吉田たすく

 

先週の葛布の話で、北陸の山地の一部で織られている所が残っていると書きましたが、あれは科布(しなふ)の間違いでございました。 葛も科も同じ荒たへの布ですが、ごめん下さい。

 葛布につきまして、鳥取市出身の岡村吉右衛門氏の文によりますと、次のように書かれています。

 

 をみなへし

  生ふる沢辺の

   真葛原

 

  何時かもくりて

    我が衣に着む

 

 先週のせたこの歌をあげ、奈良時代には経緯(、よこ)とも葛を用いて織って着用していた。

近年まで、佐賀県唐津市佐志と鹿児島県薩摩郡甑村で織られていたものは、古代の残存形と考えられる。

近世の葛布では、静岡県掛川をあげ、大井川西岸の町で参勤交代の武家や、上り下りの旅人たちを相手に幾軒もの織屋が「名産葛布」の看板を軒下につるして商っていた。

 麻布は放熱性があり、夏物に喜ばれるが、葛布は水切れがよく保温性が良いので、雨衣に用いられた。

 合羽(かっぱ)や道中袴(どうちゅうばかま)に、紺や茶に染めて使われていた。

 今では、衣料としての命はなくなり、襖貼(ふすまばり) や壁貼(かべばり)に使用する。などと書かれています。

 万葉時代には、庶民の衣料として盛んに織られていた布も、近世まで実用の衣料として使用していた事がわかります。

 

 もう一度、葛の古歌にもどりまして、

先週のせました歌に「葛ひく乙女」というのがありましたが、葛の長い蔓を手で引っぱって採集し、糸を作りました。そこで「引く」という言葉を装飾するために「葛」を使った歌があります。

 

 真葛延ふ

  小野の浅茅(あさじ)

  心ゆも

 人引かめやも

  わが無けなくに

 

引いて取る葛のはえている小野の浅茅を引くように、他人があなたの気持ちを引いてしまうという事が有りましょうか、私という人が無いではありませんのに。

 

 足柄の

  箱根の山に

   粟蒔きて

 実とはなれるを

  はう葛引かば

 寄り来ぬ心なほなほに

 

箱根の山に粟を蒔いて実になるように、地をはう葛を引くようにいざとなったら私に従い寄って来なさいよ、心素直にね、というのでしょう。

染織とは関係ないのですが、葛の歌一首

 

 水茎(みずくき)

  岡の葛葉を

   吹きかへし

 面知る子等が

  見えぬ頃かも

 

 水くきは岡の枕詞です。

 

岡にはへる葛の葉が風で吹きかへって白い葉うらを見せている、秋風の吹く山裾でよく見かける景色です。その風景を写実的に歌っています。その葉うらの白が「面知る子」にかけています。

 顔なじみの子の顔が見えないこのごろだなあ、というのでしょう。

 

          (新匠工芸会会員、職物作家)

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『染と織の万葉慕情』は、私の父で、手織手染めの染織家、吉田たすくが60歳の1982年(昭和57年)4月16日から 1984年(昭和59年)3月30日まで毎週金曜日に100話にわたって地方新聞に連載したものです。

 尚このシリーズのバックナンバーは私のブログ 「foo-d  風土」のカテゴリー『染と織の万葉慕情』にまとめていきますので、そちらをご覧ください。http://foo-d.cocolog-nifty.com

 

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吉田 たすく(大正11年(1922年)49 - 昭和62年(1987年)73日)は日本の染織家・絣紬研究家。廃れていた「組織織(そしきおり)」「風通織(ふうつうおり)」を研究・試織を繰り返し復元した。風通織に新しい工夫を取り入れ「たすく織 綾綴織(あやつづれおり)を考案。難しい織りを初心者でも分かりやすい『紬と絣の技法入門』として刊行する。東京 西武百貨店、銀座の画廊、大阪阪急百貨店などで30数回にわたって個展を開く。代表的作品は倉吉博物館に展示されているタピストゥリー「春夏秋冬」で、新匠工芸会展受賞作品。昭和32年(1957年)・第37回新匠工芸会展で着物「水面秋色」を発表し稲垣賞を受賞。新匠工芸会会員。鳥取県伝統工芸士

 尚 吉田たすく手織工房は三男で鳥取県染織無形文化財・鳥取県伝統工芸士の吉田公之介が後を継いでいる。

 

吉田たすくの詳細や代表作品は下記ウイキペディアへどうぞ。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田たすく

染めと織の万葉慕情26

  葛布 1

   1982/10/01 吉田たすく

 

今年の夏は梅雨が長びいて、いつの間にか秋が来てしまった感じです。

秋草の花が例年より早く咲きはじめ昨今は、もうどの秋草も咲きそろって来ました。 秋になると、山上憶良の秋草の歌の二首がうかびます。


 

 

 秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば

七種(ななくさ)の花

 

 萩の花

   尾花葛花

   なでしこの花

  女郎花

   また藤袴

    朝がほの花

 

 この最後の朝がほの花の事ですが、あちこちの夏の庭や垣根に朝咲くあさがほの花ではないのであります。 このあさがほは、室町時代に舶来された花で、万葉時代には無かった花でした。

 この秋の七草のあさがほは二つの説があります。一つは「むくげ」だそうです。 朝開き、晩にはしぼむ花ですからあさがほだというのです。 もう一つは、 ききょうの花です。美しいききょうが、七草の中に入っていないのですから、このききょうこそあさがほだとするのです。

 

 

七草は草ばかりで木ではありません。ところで、むくげは木ですから、やっぱりききょうがあさがほなのでしょう。 話がそれましたから、染織の話に戻しましょう。

 

 七草の草の中で、このたびは「葛」(くず)を取りあげてみます。

 葛は山の根に大きな葉を広げ、ふとい蔓をのばして木から木へからみついています。 その墓の憂の繊維で織って葛布を作.り、着用しました。 先週あらたへの衣」の歌を出しましたが、それと同じく庶民の衣料として葛布を着たのです。 この葛をひき抜いて、織物を作る歌、二首。

 

 をみなへし

  佐紀沢の辺の

   ま葛原

  いつかも繰りて

   我が衣に着む

 

 剣太刀(つるぎたち)

  鞘ゆ納野(いりの)

   葛引く吾妹(わぎも)

 真袖もち

  着せてむとかも

   夏草刈るも

 

 をみなくしが生えている沢のへりの葛を取って糸に繰()って、いつの日にか衣に織って憧れるのであろうか。

 もう一首は、入りくんだ野に生える君を引き取っている吾が妹は、葛布を織って着物につくり、両手で私に着せてやろうと思って夏草の葛を刈り取っているのかしらん。

 

 同じような歌で

 

 ほととぎす

   鳴く声聞くや

    卯の花の

  咲き散る岡に

   葛ひく娘子(をとめ)

 

 葛はこのように、 衣料の材料として盛んに使われていたのです。 現在、葛布はほとんど織られていませんが、北陸の山地の一部で襖(ふすま)の張布や、壁張布用に細々と綴られているところが残っています。

 

                         (新匠工芸会会員、職物作家)

 

 

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秋の七草

葛の花

今日は午前中トリミングに行ってきれいになって

午後お散歩

 どこかに行って戻ってこない

  しばらくしたら

 

ハアハアいって薮から出てきた

 

  アレ!  リボン!

 

 

 

 

 今日のトリミングだけだと物足らず

  リボン飾りをしに行っていたんだね。

 

 しかしヌスビトハギで他には付けず

   よくこんなに上手にできたね マメ







金沢のグルメの方のお土産で 金沢西茶屋街のかわむらの甘納豆を頂きました。
 とてもいい味
金沢らしい甘さ控えめな上品な美味しさ 流石金沢の銘菓ですね。

この上品な美味しさに
 同じ金沢で350年の歴史と伝統をもつ楽焼の脇窯であり金沢藩の御用窯 大樋焼の珍しい緑色の茶碗でお抹茶をたてて 頂きました。


いいお菓子は微笑みを生み
お茶も更に
  おいしいくしますね

染めと織の万葉慕情25

  あらたえ

   1982/9/24 吉田たすく

 

「白たへ」は布、袖などに、「しきたへ」は敷く布から床枕、手枕、家などの枕詞に使われています。その「たへ」も荒いたへや柔らかいたへがあったのです。

 こうぞの木の皮をはいで織った布、たえ布、こうぞ布、の事ですから、その繊維の作り方によってそうなったものでしょう。

 その荒い“たへが枕詞になって「荒たへの」とくるのです。

 その枕詞が藤にかかります。藤衣が荒い衣ですから、藤の衣から変わって藤の地名や藤名の場所にもかかります。

 

 柿本人麿の旅の歌八首のうち一首

 

 荒栲の

  藤江の浦に

   すずき釣る

  あまとか見らむ

   旅行われを

 

 明石の西海岸の藤江の地名の藤に、新栲がかかります。 そこの浦にこの地の人は、旅行く私をすすきを釣るあまと見てるであろうか。

また、持統天皇の藤原の宮の藤の枕詞に、荒栲がついています。

 

次の歌は、藤原宮を造るため「役民」 労役の人が歌った歌

 

 やすみしし

  わご大王(おおぎみ)

   高照らす

  日の皇子

    新栲の

  藤原がうへに

 食 ()す国を

  見し給はむと

 都宮(みあらか)は

  高知らさむと

  神なから思ほす…..  (注訳1)

 

とつづき、藤原宮をお造りになる大君は、神ながらでいらっしゃると称たええて歌った歌です。

労役を課せられた人々は、作れそうもないハイレベルの歌ですから知識人の作だろうと言われて、たぶん人麿あたりではなかろうか、との説も

"あるそうです。

 同じく、藤原の宮の御井(みい)の歌にも「新栲の」が藤にかかっています。

 

 やすみしし

  わご大王

   高照らす 

  日の皇子

   荒栲の

  藤井が原に

  大御門(おほみかど)

   始め給ひて

  埴安(はにやす)の

  堤の上に

  ありたたし

  見し給へば

  大和の 青香具山(あをかぐやま)は・・・ (注訳2)

 

大君のお造りなる藤原の宮は、大変すばらしい地にあって美しく、その御殿に湧く御井の清水は絶えることなく永久に湧いてほしいという歌で、藤原の宮の永久の弥栄をめでているのです。

次の歌は山上憶良の歌で、児を思う歌の中にある一首ですが、荒栲の布衣(荒い粗末な楮の衣)の歌です。

 

新栲の

 布衣をだに

  着せがてに

  斯くや嘆かむ

  為() むすべ無み

 

楮の粗末な衣さえも子供に着せてやれないで、こんなにも私は嘆くことだろうか。 何とも仕様がなくて、と貧乏生活で子供が可愛そうだと嘆いています。

まさに荒栲な歌の一首です。

 憶良の歌には、このような親の心を歌った歌がたくさんあります。

 

                 (新匠工芸会会員、職物作家)

…………………………………………

 

(注訳1)

意味: 我が大君、日の皇子(みこ)様が、藤原の地で国内をごらんになるとして、宮を高くおつくりになろうと、神であるままにお考えになる

(注訳2)

国を治められている大君(おおきみ)の日の皇子(みこ)が、藤井(ふぢゐ)が原(はら)に大御門(おほみかど)をお建て始めになり、埴安(はにやす)の堤(つつみ)の上にお立ちになってご覧になれば、大和の青々とした香具山(かぐやま)

 

 

 

 

紅色に
 頬を染めつつ
     宵の風

    〈名古屋テレビ塔〉
 

 

 

「物語のある料理『野の花料理・恵那の野山の 蕎麦懐石』」へおいでになるお客様をお迎えする花材を探しに山へ行ってきました。

明日から3日間は台風の予想で今日しか行く時がありません。

軽自動車一台がやっと通れる山道まで来て今日は見つからないかなっとちょっと不安。

藪に囲まれた道をノロノロ進んでいるとようやく花が!  見つかりました。

山アザミ 一瞬躊躇  アザミも痛いけど、山アザミの葉には針より鋭い強い棘がありとても痛い。

 でも他にはない。 貴重な花

車を置いて山道を奥に入って行くとヤマハギがあった。 よかった。花が2種。

これに尾花を入れて三種

 下手の横好きですが 

ハギは枝垂れるように

 ススキは凛と

1階玄関に飾りました

 

少しは秋の今を感じていただけるでしょうか

 

   (花器は拙作 両翼花器 「飛翔」2017年11月作)

 

 

 秋の今を

  感じて頂けるでしょうか

(花器は両翼花器 「飛翔」2017年11月作)