岐阜県現代陶芸美術館
展覧会「吉田璋也のデザイン 新作民藝運動がめざした未来」
2026年7月11日(土)~9月27日(日)
民藝運動は私の父、伯父も共感し、戦後すぐには父も一時民藝店を開き、更に父の織物を吉田璋也さんのたくみ工芸店で販売するなど、璋也さんとは多くの交友がありました。私はこの民藝真っ只中で幼少の頃から育ち、今もとても影響を受け続けているので、とても期待していきました。
月刊民藝の創刊号の巻頭に「民藝の木」があり、民藝の中心となる図
「日本民藝館」「日本民藝協会」「たくみ工芸店」それぞれが「美の標準の展示」「コトの普及」「モノの普及」を担う民藝運動の体制を示す三位一体の図ですが、吉田璋也が始めた「たくみ工芸店」がその重責の一角を担っています。
だが、この偉大な功績の持ち主が世間ではあまり知られていないので、なんとかまとめようと思いつつ、未だ行えていない中で、このように大きく取り上げた展覧会が開かれたことは、感謝と共にとても嬉しく思います。
展覧会は初日の7月11日に行きましたが、私の実家で使っていた茶碗や食器類、似たような家具や布たち、懐かしい作品なども並んでいて温かい気持ちになりながら拝見。
今回特に良かったのは、民藝の細かな歴史、影響した文化、関係者同士の繋がりなど、吉田の新作民藝運動の思想と実践の軌跡を、吉田の蒐集品、吉田が手掛けた新作民藝の数々、そして関連資料がとてもわかりやすく分類されていること。
この展覧会を見れば民芸運動というものがどうして運動と呼ばれるようになったかがよくわかると思います。
7月11日には鳥取民藝美術館館長 木谷清人氏の記念講演会 「民藝をデザインする一吉田璋也の実験民藝学一」という公演もあり、さまざま思い出しながら拝聴しました。
翌日は豊田市民芸館の「アーツ・アンド・クラフツとデザイン そして民藝」展で木谷清人氏の記念講演会「吉田璋也の新作民藝運動とウィリアム・モリス」
があり、こちらも拝聴しましたが、両館での公演とも時代考証から幅広く話されていて、とても素晴らしかったです。
どうぞ皆様 民藝の考え方から、最初期から現代への動きまで理解できる展示会ですから、ぜひご覧ください。
以下の写真は吉田璋也がプロデュースした数々の一部です。
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民芸運動草創期からの主要メンバーは、柳宗悦・富本憲吉・バーナード リーチ・河井寛次郎・濱田庄司・芹沢銈介・式場隆三郎・吉田璋也の8名ですが、鳥取県出身の医師である吉田璋也(1898-1972)は、柳宗悦が提唱した民藝の思想に深く共鳴し、自身を「民藝のプロデューサー」と称し、陶芸、木工、染織、金工など多岐にわたる分野で地域の職人らと向き合いながら現代の生活にふさわしい日用品を自ら考案し、デザイン・素材開発などを職人に指導し、時代と共に生きる新作民芸品となる道をひらきます。
さらに、職人の作ったこの新作民芸品を流通、販売、普及する場として、民芸店の元祖となる「たくみ工芸店」を鳥取と東京西銀座に開き、民芸品と食の融合を図った「たくみ割烹店」を作りますが、これらは日本中に広まった民芸店、民藝割烹の原点となっっています。日本の民芸館として3番目に「鳥取民芸美術館」もひらいて、トータルで民藝を楽しむ場所づくりも行い全国に民藝を広めました。
このように、吉田璋也は、柳たちの作った「民藝」を未来へと続く運動 民芸運動とした人物です。もしも吉田翔也がいなければ民藝は過去の一時代を風靡した社会現象で終わり、現代まで多くの国民の身近に存在し続けることはなかったことでしょう。
農地化される寸前の鳥取砂丘を守り、国立公園化など、地元の自然や文化財保護活動に取り組むなど、広い視野と実験精神のもとに実践された吉田の活動は、民藝を通じた社会のデザインでもありました。
民藝
展覧会「吉田璋也のデザイン 新作民藝運動がめざした未来」は各地での巡回展です。
2026.7.11~9.27 岐阜県現代陶芸美術館
2026.10.15~12.20 パナソニック汐留美術館
2027.4.27~6.27 山口県立萩美術館・浦上記念館
2027.9月中旬~10月下旬 鳥取県立美術館
終了 2026.3.14~6.21 茨城県陶芸美術館































