桜の咲く頃 2日間だけ行われるという桜の宴へ行ってきました。
「迎賓館サクラヒルズ川上別荘」は、
木曽川河畔の約7000坪もの広大な敷地に、重要文化財 旧川上家別邸「萬松園」と、大正時代の迎賓館の「後藤別荘」が同敷地へ移設してあり、両方とも大正末期から昭和初期のほぼ同時代に建てられています。
萬松園は和の世界で、美しく映える趣深い空間、後藤別荘は洋の世界でクラシカルな大正モダンの雰囲気で、和と洋がやさしく調和するフォトスポットです。
広大な敷地に400本の桜
青空の下 満開と散りゆく桜を観ながら 稀代の女優・川上貞奴の別邸 重要文化財「萬松園」を拝見し、その後、同じ敷地内にある「迎賓館 サクラヒルズ (後藤別荘)」でフランス料理をいただくコースです。
まず最初は「萬松園」の見学から。
格式のある四脚門をくぐり、広いお庭を桜を観ながら玄関へ。
明治から昭和初期にかけて日本初の女優として欧米でも名を馳せた川上貞奴。彼女は福澤諭吉の娘婿であり「電力王」と呼ばれた実業家・福澤桃介のパートナーとして、政財界での交流や事業、そして実生活の両面で彼を献身的に支えました。
桃介が日本初の電力用ダム「大井ダム(恵那峡)」を建設する際、視察のために貞奴と頻繁に訪れていた縁もあり、岐阜県各務原市鵜沼の木曽川を一望できる高台に、彼女は別荘「萬松園」を建てました。
重要文化財 旧 川上貞奴 別邸 「萬松園」 昭和8年(1933年)建築
萬松園は敷地面積1000坪、建坪150坪を誇るこの邸宅は、総額で現代の価格で20億~30億円かかったそうです。
書院造りに数寄屋の意匠、さらには洋風の要素も取り入れ、南部鉄器瓦で葺かれた数奇屋風建物、洋風サロンルーム、萱葺き民家風の建物などが一体となった極めて凝った造りが特徴で玄関・広間棟、仏間・客間棟、田舎屋棟、茶室・浴室棟、台所・女中部屋等26もの部屋が複雑に連なっています。
特筆は26の全ての部屋、すべての廊下の意匠が異なり、敷居、鴨居、天井板、床、調度品さらには襖の引手に至るまで、全ての部屋ごとに独自のイメージと物語がごく自然に込められています。
例えば、天井の意匠だけを見ても、素材は黒文字の小枝、桜、竹、更に特別大きな節入りの板目などどうやって手に入れたのか不思議なものなどを使い、漆塗りや螺鈿。そして、組入天井、船底天井、網代天井、小組格天井、独自デザインの天井など、すべての部屋すべての廊下が異なった意匠で日本建築における天井様式のほぼ全てが一つの建物に網羅され ている様な感じで多岐にわたります。
どれ一つとっても奇を衒ったものや派手なものはなく、ごくごく自然に燻銀のような静の美で、機微の細やかさ、さりげないけどきちんと計算された手の入った素晴らしいレベルのものばかり。それらが調和し、部屋ごとに味のある雰囲気を出しています。
この建物の真に驚べき点は、
「全ての部屋が異なる意匠でありながら、建物全体として完璧な統一感がある」
という点です。
これらはどれも貞奴の感性で作られたそうですが、細部まで部屋ごとに趣向を変え、かつ違和感なく調和させることは並大抵の技量ではありません。
まさに貞奴の類稀なる感性の結晶といえます。もし彼女が造形作家の道を選んでいたならば、間違いなく世界的造形作家で人間国宝にもなっていたであろうと思います。
私も日本各地の建物をいろいろ見ていますが、
これほど細かく部屋ごとに意匠変化させた造りは今まで見たことがありません。
こんなに変化があるのにどの部屋も落ち着いていて飽きることのない世界。
貞奴の感性の凄さが十分発揮されています。
この建物が大好きで、20年程の間に5度も訪問して、あんなに熱心に観ているはずなのに、毎回来る度に新しい発見があり、今回も更に新しい発見があり、うれしくワクワクして拝見。
そして
観終わって ニコニコ この嬉しさ
いつも写真をたくさん撮るのですが、何度撮ってもこの魅力は残念ながら写真では全く伝わりません。
また来よう 次回はどんな発見があるかなと 思いな
がら退出し、
ランチタイム。
隣の桜満開の迎賓館サクラヒルズ(後藤別荘)へ向かいました。
そこにはフランツ・リストが超絶技巧で弾きまくり、オスカーピーターソンが愛した世界最高峰の素晴らしいピアノ「ヴェーゼンドルファー」が置かれています。世界四大ピアノの一つですが、私はヴェーゼンドルファーの音色が一番好きです。そして、このピアノは3500万円もする特別品です。
今回も素晴らしい音色の演奏が聴けたらいいなっとおもいながら向かいました。





































































