染めと織の万葉慕情81
紐解き放けて寝るが上に
1983/10/28 吉田たすく
紐の歌のつづきです。
万葉の巻十四は「東歌」(アズマウタ)といって関東地方などの日本の東の国の歌が集められています。
岩波の古典文学大系の万葉の解説には東歌の事を「この巻の大部分が、元来口誦の世界のもので民衆の共有に属する。 多くの歌の生(なま)で粗野で力強い詠み振り、農民生活に密着した素材、豊富な方言で田園調、野趣のある生命感」にあると書いています。
紐の歌をひろってみても当時の農民が口誦したであろうと思われる、たのしいゆかいな歌があります。
足柄の
彼面(をても)此面(このも)に
刺す罠(わな)の
かなる間しづみ
見ら吾紐解く
これは猟師が山にわなをかけてまわる時に歌っていたものと思われます。 足柄山のあちこちに猟師が騒がしくわなをしかけている。その間にこっそり草むらにかくれて少女子と私は紐を解く。という歌で、他の猟師のこえを聞きながら青空のもとでだき合っているようすがうかがえて来ます。
陸奥国(みちのく)に旅立した時の歌でしょうか。
会津嶺(ね)の
国を遠み
逢はなはば
偲(しの)ひにせもと
紐結ばさね
会津の山のある国が遠くて逢えない時には、偲びぐさにするように下紐を結んでくれよね、と結んでもらって出かけるのですが、この次にある歌が傑作です。
筑紫なる
にほふ兒ゆえに
陸奥(みちのく)の
可刀利少女(かとりおとめ)の
結びし紐解く
筑紫の国へ行きそこで、色美しい可愛い乙女にめぐり会ったので、みちのくのカトリ少女の結んでくれた下紐をないしょで解いてしまった、というのです。
下紐は旅の間解かないで、又逢う日までそのままにしているのが夫婦のちぎりであるのに、旅さきで会った娘と紐解く事もあったのです。 ここらが、東歌のアヅマウタらしい所なのです。
高麗錦 ( にしき)
紐解き放 (さ)けて
寝るが上(へ)に
何(あ)どせろとかも
あやに愛(かな)しき
大陸から舶来の高級織物の下紐を解きはなって共寝をしている最中に、この上どうしろというのか、無性に可愛いことだよ、と。
ここまで詠われてしまえばもう何もいうことはありません。またこんな歌も有りました。
昼解けば
解けなへ紐の
我が背なに
相寄るとかも
夜る解け易け
昼解けば解けにくい紐なんだけれども、 我が彼氏に相寄るからなのか、夜は解けやすいものだ、と。もういいもういい、勝手にしやがれといいたい所です。
(新匠工芸会会員、織物作家)

