染めと織の万葉慕情67   たもと巻き変へ | foo-d 風土

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染めと織の万葉慕情67

  たもと巻き変へ

   1983/07/22 吉田たすく

 

 

 袖の歌のつづきになりますが、手本(たもと)の歌をひろいました。衣生活の移り変わりによって現代では、「たもと」という言葉はほとんど耳にしなくなりました。 戦前派の私達は男子でも着物を着用していましたので、たもとから手を出してとか、たもとに物を入れて、などはごく普通の会話に使ったものですが、今の洋服生活では物を入れる 「たもと」などありませんので、「たもと」は死言になってしまったのです。

 袖のすそが袋状にたれ物を入れる事も出来るような形になったのは、室町時代の小袖があらわれて、和服のスタイルが出来あがった後の事で、着物の袖の事です。 室町時代よりもずっと昔の万葉時代の袖は、大陸の服のスタイルですから筒袖で、今の洋服より少し広い袖でしたから、物を入れたりする事は出来ませんでした。

 万葉には袖の歌と同じような「たもと」の歌がかなりたくさんあるのです。

「手の本」と書いて「たもと」とよび、袖のビジのあたりをさしているようです。 山上憶良の歌に若い頃をしのび、今はもう年をとりみにくくなった老人の悲哀の歌の中に次のように詠っています

 

乙女らが

 乙女さびすみ

 唐玉(からたま)を

  手本にまかし

   同盟児(よちこ)らと

  手たづさわりて

   遊びけむ...

 

 舶来の玉(いまでいうブレスレット)を”たもと”にまいて友人と遊んだというのです。

 

 続いて男子の様子も詠われているので読んでみましょう。

 

 大夫(ますらを) の

  男さびすと

   剣太刀(つるぎたち)

  腰に取り佩(は)き

   猟弓(さつゆみ)を

  手握り持ちて

   赤駒に

  倭文鞍(しづくら) うち置き

   はい乗りて

    遊びあるきし...

 乙女らが

  さ寝す板戸を

 押し開き

  いたどりよりて

 真玉手の

  玉手さし交(か)へ

   さ寝し夜の・・・

 

 男子は男子らしく太刀をはき、弓を持って赤色の馬に倭文鞍(しづくら)を置いてそれに乗り(しづくらとは、大陸から織の技術の入って来る以前の日本古来の伝統的織物の布で作った鞍のこと)遊びあるき、乙女の寝ている家の板戸を押し開いて、床にたどりつき、玉のような美しい手と手を交わして寝た夜もあったというのです。

 

 先週までの袖の歌では「真袖さし交え」というところでしょうが、「手を巻く」と「袖を巻く」とは同じ意味で、「たもと巻くとも同じ事なのです。

 万葉には袖を巻く、たもとを巻くと詠っても、二人のうま寝の様子を詠った歌はなくて、さきの歌のように若いときはああであったとか、今は想うだけで出来ないが、彼女(彼氏)と袖やたもとを巻きたいものだとか、夢に見たいものだとか、願望や悲哀の歌が多いのです。

 

 現(うつつ)には

  またも得(え)言はじ

    夢にだに

   妹がたもと

    まき寝とし見ば

 

 現実ならばさらに何もいう事はないのだが、せめて夢にだけでも妹のたもとを巻いて寝ているところを見たならば仕合せだのになあー。

袖もたもとも二人のうま寝を現わす言葉に使われていました。

       (新匠工芸会会員、織物作家)