染めと織の万葉慕情52
アセビの歌
1983/04/8 吉田たすく
春といえば桜。今日ごろが七分咲きの花も盛りというところでしょうが、私は桜よりも早く白い花をつけるコブシが好きです。若芽のまだ出ない紫がかった春先の山のあちこちに、白い斑点のコブシが見え始めると、もう春だなあという気持ちです。 コブシに次いで形は違いますが白い花をつけるのがアセビ。スズランのような愛らしいつぼ形の花が房にたれ、長い冬に耐えた人の心を慰めるように咲くのがアセビです。うちの庭のアセヒも今盛りです。
昔から日本にあったと思われるのですが、万葉集にはコブシの歌がありません。けれども、アセビの歌は十首もあるのです。
磯影の見ゆる池 水照るまでに 咲けるあしびの 散らまく惜しも
万葉時代、アセビの花房の白さは春の来た喜びであったのでしょう。
磯の上に
生ふる馬酔木(あしび)を
手折らめど
見すべき君が
ありと言はなくに
この一首は、大伯皇女(注1)が弟の大津皇子が反逆の罪で刑死したのを嘆き作った歌で、かれんなアセビの枝を手折っても見てくれる弟君はもういない。 アセビが、皇子と関係があったのかも知れません。皇女のやるせない憂愁の気持ちを詠っています。
大伴家持のアセビの歌。
池水に
影さへ見えて
咲きにほふ
馬酔木の花を
袖にこき入れ
庭池にきれいに影を映しているアセビの房から、小さなつぼ花を袖にこき入るというのです。
あの小さなかわいい花を見れば、だれでも指でしごいてみたくなるものです。それを袖にこき入れてと、自分の衣服に取り入れてめでたい気持ちがよく現われています。
家持は染織の衣服で、自分の気持ちを詠うのが上手です。
アセビではないのですが、藤の花を袖にこき入れる一首があります。
桃の花 紅色(くれなひいろ)に にほひたる 面わのうちに 青柳の 細き眉根(まよね)を ゑみまがり 朝影見つつ 乙女らが 手に持てる 真澄鏡(まそかがみ)……
ピンク色のほっぺたに、柳の細葉のような眉を持った純心かれんな乙女が、鏡にうつす姿を書き出しに作った長歌で
藤波の
花なつかしみ
引きよじて
袖にこき入れつ
染まば 染むとも
というのがあります。
袖にこき入れた藤の花の紫色が、袖に染めつけば染まってしまってもいい、というのです。 自分の着ている服の袖に染まるというのは、自分自身が染まるという気持ちです。染まるとは、心と心がび
ったり添って相愛することなのです。
(新匠工芸会会員、職物作家)
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(注1)
大伯皇女(おおくのひめみこ )
[661~701]天武天皇の皇女。大津皇子の同母姉。斎宮として伊勢で一三年間奉仕。万葉集に弟大津皇子をおもう歌六首がある。大来皇女。


