染めと織の万葉慕情33  つるばみ染めの歌 | foo-d 風土

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染めと織の万葉慕情33

 つるばみ染めの歌

   1982/11/19 吉田たすく

先週、どんぐり染のことをつるばみ染と書きましたら御指摘がありました。どんぐりの種類とのことで、どんぐりだけをさしているのではありません。以後気をつけます。(注1)

 

 また、続いてつるばみ染の歌ですが、

 

 橡(つるばみ)

  一重の衣

   裏もなく

   あるらむ児故

   恋ひ渡るかも

 

 つるばみの一重の衣、ここまでがうらもなくにかかる序です。

 先週は橡の袷(あわせ)の衣でしたが、今回はうらの無い一重(ひとへ)の衣です。一重の衣はうらがないように、あの児は気持ちに裏も表もない単純な児で、屈託がないだろうが、あの児を思う

私は恋しさに、あれこれと思い悩んでいることです。

 

次にまた一首

 

 橡の

  衣(きぬ)解(と)き洗ひ

   まつち山

  本つ人には

   なほ及かずけり  (注2)

 

 つるばみ染の麻の衣は洗うと硬くなるので、またキヌタで打つのだといいます。またうつをまつちにかけて、類音のもとつ人に続くのだそうです。もとつ人とは、もとからなじみしたしんだ妻です。

 下賎な人の着るつるばみ染の衣を、とき洗ってまた打つという名のマツチ、その名から連想されるモトツ人(もとからなじんだ妻)にまさる人はいないと歌っています。

 まずしくてもなじんだ妻がこの世では一番だというのです。同じ気持ちを大伴家持が歌った歌に、こんなのがあります。

 

 紅(くれない)

  移ろふものぞ

   橡の

  馴れにし衣に

   なほしかめやも

 

 ベニバナで染めた衣は、色があせやすいが、つるばみ染は黒茶色の地味な色だけれどもあせないと歌い、クレナイの衣を着ている貴人の乙女は気がかわりやすくさめやすいが、つるばみ染の身

分の低い衣を着ている馴れた妻にはやはり及ぶものがないものを、と歌っています。

 つるばみ染を書いているうちに秋も行ってしまいます。

 

 先週の大山の紅葉はすばらしかったし、この間通った奥津渓の紅葉もきれいでしたが、霜の下り朝には紅葉も散ったことでしょう。(注3)

 

 経(たて)もなく

  緯(よこ)も定めず

   未通女(おとめ)らが

  織れるもみじに

   霜な降りそね (注4)

 

 未通女(まだ男が通わない女)だから乙女とよむのだそうですが、たて糸もよこ糸も定かでないように、美しく織ったもみじに霜よ降らないでおくれ、と頼むのです。

 織り人の私は、毎日たて糸の張りとよこ糸のしらべがこんぜんと一つの韻として目にうつり、肌にさわれる衣を織りたく思っていますが、この歌はまさにその美しいもみじの錦を歌っています。

 

(新匠工芸会会員、織物作家)

 

 

 

 

 …………………………

 

(注1)

どんぐり染のことをつるばみ染と書いたら指摘があったとありますが、指摘をされた方はどんぐりの広義の意味をご存知なかったのでしょうね。

おそらく、どんぐりを「栗」「椎(しい)の実」、トチの実などと分けて表現する地方、滋賀県以西の地域にお住みの方だったのでしょう。

 

どんぐりとは、広義にはブナ科の果実の俗称で、ブナ科の果実には、「栗」「椎(しい)の実」、「楢(なら)の実」なども含まれます。

狭義にはクリブナイヌブナ以外のブナ科の果実。

 

つるばみとは古名はどんぐりの総称である。

  訓読み とち・くぬぎ・つるばみ

①とち。トチノキ科の落葉高木。 ②くぬぎ。ブナ科の落葉高木。実はどんぐりと呼ぶ。 ③つるばみ。どんぐりの古名。

④実またはその梂 (かさ) を煮た汁で染めた色。灰汁 (あく) 媒染して薄茶色、鉄媒染して焦げ茶色や黒色に染める。また、その色の衣服。奈良時代、家人・奴婢 (ぬひ) の着る衣服の色。

(学研全訳古語辞典 ・Wikipedia等より)

 

(注2)

まつちやま(真土山)は、奈良県五條市(ごじょうし)~和歌山県橋本市にある山です。この歌では、衣を「また打ち」することから連想しているようです。

 

(注3)

2022年10月25日 大山に初冠雪があったそうです。これで大山は頂上付近が真っ白、その下は紅葉、麓は緑という三段の色で分けられます。

私も過去に3度ほど観ていますが、それはそれは比べるものがないほど素晴らしい紅葉となります。

是非皆さんもこの三段の紅葉を観に大山にお出かけください。

 

(注4)

この歌は大津皇子(おほつのみこ)が詠んだ一首です。
大津皇子は天武天皇の皇子で、後に皇位争いのために謀反の罪を着せられて殺害されてしまう悲劇の皇子のように思われていますが、秋の情景を素敵な歌で詠んだロマンティックな方だったのでしょう。