ニュースサイトなどでもパラダイム・シフトという用語がよく使われるようになりました。
 「事実をどういった形で捉えるのか」をパラダイムと呼びますが、農業革命や産業革命は人類史上最大のパラダイム・シフトだったと言われています。  
 また、現在も大きなパラダイム・シフトの渦中にあると言われており、社会全体の価値観が変わってきています。

 P・F・ドラッカー氏は、次のように述べています。

 ”最も重要なことは、自分自身をマネジメントする責任を担うべき時代になったことだ・・・今から数百年後、長期的な視野から、私たちの時代の歴史が描かれる時、未来の歴史家は、この時代の最も重要なできごとが、テクノロジーの進歩だったとは考えない可能性が非常に高いと私は思っている・・・インターネットでもなければ電子商取引でもない・・・それは、人類を取り巻く環境で起こる誰も経験したことのない変化だ・・・歴史上はじめて・・・この表現は誇張でも何でもない・・・さまざまな選択肢を持っている人の数が実にたくさんになり、しかも爆発的な勢いで増加している・・・そんな変化である・・・つまり歴史上はじめて、こうした人たちは自分自身をマネジメントする必要に迫られている・・・しかし私たちはその事態になんの備えもできていないと言える・・・人類の歴史上はじめて、私たちは自分自身をマネジメントする責任を担う・・・これは、どんなテクノロジーよりもはるかに大きな変化だ・・・人類を取り巻く環境に起こっている決定的な変化だ”


 今生きている人たちにとって、これだけ大きな価値観の変化は初めてです。誰も経験したことがありません。
 さらには、産業革命以降の「学校」や、それ以降続いている「教育」しか経験していません。

 価値観と一般的に呼ばれているものの正体は、確固たる何かではなく、現在の状況を切り取った一部分でしかありません。
 時代が変化するにつれ、状況は刻一刻と変化し、それに伴って社会全体の価値観が変化していく。
 それを追うように様々な仕組みや種々の取り組みが変化してきます。


 なにも暗く、お堅い話ではありません。私達はスマートフォンやSNSなどの登場と普及によって、これまでと比べものにならないほど自由になりました。
 社会はまだその状況に対応し切れていませんが、もうすぐ先には、まるっきり違う世界が待っているように感じてなりません。
 それゆえ現在の教育職は、自由を楽しむことができ、自由の責務を全うできるクリエイティブな職業だと感じています。また、未来を担う人材のお手伝いができる職業であるとも感じます。
 
 価値観の変化が、学校にどういった影響を及ぼすのか。学校や教師はどういった備えをしておけば、自由に働き、且つ自由な人間を育てられるのか。
 そういったことを考えながら、筆を執っていきたいと思います。