1995年・岡田斗司夫著「ぼくたちの洗脳社会」では、評価経済社会の到来を見事に言い当てています。
 しかしながら、評価と貨幣のバランスに大きな変化が起こっているとしても、一般的な生活者には認知することすら難しい。
 自分には関係がないことにされているのが現状です。また、若い年代は気が付いているかというと、そうでもありません。
 普段から生徒を見ていても、実際に起きている時代の変化と生活者の認識の間に大きなズレが生じています。
 私自身もそんな生活者の一部ではありますが、渦中にいる生徒や周囲の方々に、学校現場の状況と私なりの見解をお伝えしたいと思っています。
 この文章を読んでもらっても、読者の方に直接的な影響を与えることはほぼないと思います。
  ですが、現代の学校という機関は非常に閉鎖的であり、学校関係者にしか語れない部分が多く存在しています。だからこそ、「先生」が当事者として語る必要があると考えています。
 「そんなことわかってるよ」「そんなこと当たり前でしょ」という方もいらっしゃるかと思いますが、どこかで役に立つかもしれません。徒然なるままにと言ったら叱られそうですが、安易な気持ちから執筆していますことを先にお詫びしておきます。


 さて、これまでの歴史の中で、時代ごとの重要な役割として機能してきた学校が、評価経済社会においてどう変化していくのか。また、その変化はどこに向かっているのか。一緒に考えていけたら嬉しい限りです。
 余談ですが、この文章は、岡田斗司夫著「ぼくたちの洗脳社会」の構造を参考にしております。内容・構造ともに基礎としてはこの書籍ですので、先にそちらを読んでからこちらを読んだ方がわかりやすいかと思います。
 
 もし読んでみて、この文章が参考になったという方がおられましたら、まるで自分で考えたことのように振る舞ってもらって構いません。というか、振る舞ってください。そうした振る舞いによって、各所で多様な見識が生まれ、沢山の方々が変化を起こす起爆剤となることを願っています。

 追記 学校の先生を目指している人に向けて、これからの学校の自由さと楽しさを感じてもらうために、私個人の解釈を書き連ねていきます。
 質問や疑問点がありましたら、それをきっかけにまた改めて考えてみたいと思いますので、ぜひコメントください。