ら」を読み返す。

 

 

 

 

「きたきた捕物帖」には、富勘やら、富勘長屋の住人やら、

貸本屋の村田屋やら、武部先生やらが登場する。

 

彼らは、もともと、「桜ほうさら」の登場人物たちで、

彼らのことは、かろうじて覚えていたのだが、

彼らが「きたきた」の中で「笙さん」と懐かしむ、

肝心かなめの主人公は、一体どうしちゃったのだろうと、

その結末がおぼろげになっている。

 

「桜ほうさら」を読んでから大分たっているので、

仕方ないっちゃ、そうなんだけど。

 

ま、この記憶力の低下を嘆かず、喜ぼう。

お気に入りの作品を、何度でも読み返し、その都度、楽しめるのだから。

 

で、読み返してみた。

 

この作家さんの作品に登場する人物たちは、

特に、時代小説の登場人物は、実に魅力的、というのは、

これまでさんざん書いてきた。

 

それは、人々が、生き生きと、溌剌と動き回り、

豊かな表情や、息遣いが、すぐ隣にあるように感じるからだろう。

 

そして、江戸の町の空気、風、喧騒までが迫ってくる。

 

また、「九分方まで死んで」おり、「八分方の死人」、

「五分方の死人」など、この作家さん特有の、

言い回しが相変わらず面白い。

 

主人公の笙さんは、武士にしては、何だか頼りなげ。

 

それだからこそか、周りの人々がくっきりと、鮮やかに浮き立つ。

(いや、決して、主人公のキャラが弱いなんて、ことではない。

周りとのバランスが、いい塩梅、なのだ)

 

今度の「きたきた」にも、いつか、笙さんと和香が登場しないだろうか…。