わたしには両親の手をいっぱいにする妹たち(双子)がいたせいか、
「愛情」というものには限りがあると信じていて、
その「限りある愛情」を一人で勝手に奪い合うように過ごすことが当たり前になっていました。
だから、
彼氏に浮気された時は悲しくて、自分がバカにされて、存在そのものを軽んじられたように思ったし、
上司にはできるだけ可愛がられることで、他の社員になるべく愛情を奪われないように気をつけていたし、
もしかしたら夫からの愛情についても、子供達にとられすぎてしまっているんじゃないかと、なんとなくやきもきしていたようにも思います。
だけど、本当に存在しているこの世の「愛」とは、
どこまでも無限で、どこまでも深く、
際限のないものでした。
そのことが最近、
ようやくわかるようになってきました♡
男性性がどうの、
女性性がどうの、
個人の思想や自由がどうの、
そういうことの前に、
もっとずっと、大きな存在があること。
たしかにどんな「ゲーム」でも、
「ルール」という制限があるからこそ「楽しい」と感じることもあるのだけれど、
本当の本当のわたしたちには、
「制限」なんかなかったのでした。
だからこそ、浮気だろうと二股だろうと、
その愛を否定せずに受け容れたときのわたしは、
なぜだか一層、より愛されたのだ♡ということを、
突然理解できました。
誰かの特定の愛を否定したり非難することは、
すなわち自分自分への愛に対しても同じことをしている、ということ。
だからこそ、他人の思想や行動を批判したり、
咎めたり(同じことかな・笑)
あるいはそれらの行動から身を護ろうとファイティングポーズを取るべきではない。
愛を感じて受け容れられない人を、
バカにしたりするべきではない。
「ただ、そうである」という状態そのものを受け容れ、
眺め、包み込んでしまえば、
その人もいつか愛に気付き、
癒されるはずだから♡
こんな大事なこと、
なんでこんなに長い間忘れてしまってたんだろう。
(だけど、やっと思い出せて、よかった♡)
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