昨日、私の不注意で親族に大怪我を負わせてしまった。

結果は、命に別状はないとはいえ、後悔の念に駆られている。

生まれてこれ以上の後悔をしたことがない。

 

なぜ、こんな事が起きたのだろう。

私は、思考、言葉、行動が日常に起こるものだと思っている。

この出来事を通じて、自分の行動や考え方について考えている。

 

先週から、なんとなく嫌な事を頼まれて、どうにか逃れようとしていた。

今、自分の心が狭いと感じるほど嫌な気持ちになった。

 

私は飽きやすく、なんでも中途半端、浅はかで、奥深さがない。

 

昨日、家に帰り一人になった時に、今月の予定のキャンセルの連絡を入れた。

友人達と電話で話し、みんな本当に心が優しく、この言葉は普段使う事がないが、愛に溢れている。

こんな私でも、友人は皆、素晴らしく、今回のことで支えてもらい、感謝の言葉以外ない。

友人がこんなに大切で、無くてはならない者だと知った。

 

今回のことで、自分を更に見直すきっかけとなった。

起きた事は、なくならない。自分が責任を取らないといけない。

 

 

 

 

 

聖書を読んでいると神の言いたい事はわかるが、「意義あり!」と思うものが沢山ある。

このマタイ20章の「ブドウ園の労働者達」もそのひとつだ。

 

この例え話は、ブドウ園の雇主が、一日中働いた労働者と数時間しか働いていない労働者に同じ報酬を与えるという話が描かれている。一日中働いた労働者たちは不満を抱くが、雇主は、事前に個々に約束をした通りの報酬を与えたと反論する。

 

この話の要点は、神は、長年の信仰者でも、最近、神を信じた者にも同じ恵みを与えるという、寛大さを表している。

人は大抵、報酬は、働いた時間や労力に基づいて与えられるべきだと思っている。

私達は、他人との比較、不満や嫉妬するのを避け、寛容になり、与えられた報酬に感謝しよう。

 

寛容になることは、自分の心を開くことであり、自分が抱える価値観や偏見を超える事。言うのは易し行うのは難し。

 

 

今日一日 明るく楽しくしよう

 

今日一日 安らかな心を保とう

 

今日一日 感謝して過ごそう

 

今日一日 役割を正しく果たそう

 

今日一日 親切にしよう

 

朝夕合掌して心に念じ、口に唱えて、潜在意識に刷り込もう

 

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これは普通のことなんだろうが、この普通が難しい。

この言葉を心に留めて、実践できるようにしたい。

 

 

運気を上げたかったら一番簡単なのが、運がいい人と一緒に遊ぶ。
運がいい人が近くにいるだけで、勝手に運がよくなる。

占いの大事な事は、自分を占って、周りを見て、相手がどういう運気なのかを知り、今、この人は運気がいいからと乗かってみようとか、この人ちょっと運気が微妙だから、自分の意見を中心に通そうとすると運がよくなる。

 

★★★

高校生の時に、頭のいい子と過ごすと、自分の成績が上がったという実績がある。周囲の環境は、自分に影響を与える。

そして、その逆に、運が悪い人と一緒にいることで、運気を下げる可能性があるだろうから、その時は、自分が良い状況をつくるようにしないといけない。

去年から瞑想を続けている。以前よりは、思考の雑音に悩まされなくなってきた。

 

瞑想には、内観や、内省が大切と言われているが、違いが分からないので調べてみた。

 

★★★

 

 

内観とは、自分の内面に注意を向け、自己の内面を観察することを指す。

つまり、内面に向き合い、感情や思考、感覚、身体感覚などを観察し、自分自身を理解しようとすることだ。

瞑想やマインドフルネスなどの練習を通じて行われることが多く、自己の内面に目を向けることで、自分自身を客観的に捉える。自己理解を深め、自己受容力を高め、ストレスや不安などの感情をコントロールすることができるようにする。

 

内省とは、自分の内面について深く考えることを指す。

自己観察や自己反省とも呼ばれ、自分の理解を深め、成長につなげる。自分が置かれている状況について、客観的な視点から捉え、感情や思考について深く掘り下げる。内省を通じて、自分自身の価値観や信念、弱点や課題を明確化することができ、自分の成長や進化を促す。

 

この二つは微妙に違い、内観は、自分を客観的に捉えることに焦点が置かれ、内省は自分を深く理解しようとすることに焦点が置かれる。