10月
私は病院経営者男性Yさんと食事に行くことになった。
芸術評論のような同人誌に掲載した私の文章を見た彼から、「懇意になりたい」と、手紙が来たのだった。
自分の作品も批評してほしいと書いてあった。
彼は実際の知人であった。
後日顔を合わせた時、彼は私にメールアドレスを尋ね、食事に行こうと誘ってきた。
旅行に行こうとも言われた。
アドレスを聞かれてから数週間後、彼は実際の日時を指定してきた。ある程度恋愛の要素が絡むことは、手紙の時点で分かっていた。私も乗り気だった。なぜなら同人誌に寄稿していた彼の文章は、創作に対する真摯な姿勢と、苦労と不運、挫折と悲しみ、そういった、彼が人生で流した全ての涙の精華の一滴たる、本物の創意を示していたから。この男なら結婚しても良いと思った。しかし実際にどうしたら彼と結婚に至るのか、私はなにもかんがえなかった。
彼とは芸術評論について語り合うつもりだった。(ここが私のアホなところ)現段階ではまだ距離感を持っているべきだと思ったからである、立ち入った話になることを極力避けるのが、賢いと思った。しかしYさんのほうは、猶予を持つことがなかった。最初から進展を意識しての食事だったらしく、会って数時間も経過しないうちに、告白された。
Yさんは私のことをまだよく知らないはずだったが、彼は一人で熱狂的に舞い上がっており、猛烈にアプローチされたのだった。
返事は今しなくてもいいよ。
私は嬉しかったけれども、怖かった。なんとなれば、文章を読んだだけの人間にここまで恋することが出来る男は、実際の私ではなく、空想の中で作り上げた私の虚像を見つめている可能性が高いから。本当の私の姿を好きになってくれる人であるという保証はないから。
彼に思い入れをし、関係を持ったならば、案外早いうちに別れが来るかもしれない。
そうしたら悲しみを持て余すだけの日々が待っていて、自分の恋する気持ちのままに疾走してしまった私は、いつしか、引き返せない場所にまで来ていて、おまけに全てが失われたあと。
という事態には、絶対に、陥りたくなかった。
恐怖によるブレーキのほうが強く、高揚している思いとは裏腹に、積極的になることは出来なかった。
電話占いに手が伸びた。
私は評論家体質で、創造性がまるでなく、内にこめやすい性質で、しかし頭とは裏腹に心は激情しているのだが、常識から外れることを恐れて自由に行動できず、いつもどうしたらいいか、人に尋ねたり、頭で考えたりした、心のままに動いた結果とてつもなく非常識な人間になることを恐れたし、出来事は常に予測可能なものしか
受け入れられないぐらい臆病だったし、有り得ないことが有り得てしまうなら、先々の予測を立てることが出来ないなら、そもそも、物事をうまくいかせるはずの努力自体に意味がないことになり、確実に肯定的なものはこの世に存在しなくなってしまう。種を撒けばそのぶんだけ実る単純な世界にだけ、私は生きたかったし、1のものが突然1900になったり、その逆に1900が突然7になるような、世界では、努力すること自体に意味がなくなり、善悪の判断が無に帰す。私の世界観自体が幻想かもしれないと想像することは出来たが
頭のレベルでは、私は、なるべくならそのまま自分を変えずに生きていきたかった。しかし心は刺激と変革を求めていた。