「時よ止まれ、お前は美しい」(ゲーテ)
光るものは、少年の日を思い起こさせる。
最近はNMBのYNNチャンネルばかり見ている。どこかCSの『LOVELOVE大好き!』→『AKB48+10』→『SKE48学園』の系譜を感じさせる番組構成。スタッフがちゃんとアイドルバラエティを分かっている感じが安心できる。「あゝ僕はこういうものが見たかったんだよなあ…」って。
YNNで特徴的なのは大抵1つの企画に2本の筋が走っていること。たとえば「熱血!ハイスクールウォーズ」だったら、スポーツ挑戦企画に「スクールウォーズ」もどきの小芝居が入ってくる。一見バカバカしいんだけれど、そうすることで企画が単調なものではなくなり、「遊び」の幅も広がる。
もうひとつ、余白の使い方も印象的だ。たとえば廃校(?)を借り切って行われた「BACHI BACHI CAMP」では、企画の合間に休憩時間が設けられていた。誰もいなくなった校庭を映し出すカメラ。するとそこに美来(中野美来)とけいと(塩月希依音)、のちにはみおん(中川美音)もやってきてカメラアピールをしだした。
ただそれだけなのに、このキャンプでもっとも印象的なのがこのシーンだった。企画というのはどうしても反復的だ。調理企画にしてもリレー企画にしても、それはいつかどこかで誰かがやったもの。かつて先輩たちが通った道。もちろん、そのことによる効能もある。安定した面白さがあるし、伝統、継承、ノスタルジア、なにかそのようなものを感じさせる。
だけど、自由時間に起こったことは、いつもその瞬間にしか存在しない。校庭を走り回り、遊具やビニールプールで遊び、音楽に合わせて踊り、切り替わっていくカメラを見つけては自由に戯れる三人。たとえ彼女たちの登場が仕込みだったとしても、そこにはその時その子たちでしか生み出せないものが現れていた。二度とは戻らない、かけがえのない時間がそこにはあった。
あの夏の日の午後、ただカメラと戯れる中野美来は世界中の誰よりもアイドルだった(アイドルとは何より、時間のかけがえのなさを教えてくれる存在だと僕は思うから)。
正直、今更こんなにNMBにハマるとは思ってなかったな…
予兆はあったんだ。昨年のTIFでは「48系ではNMBがいちばん良かったかな…(春フェスの時も良かったし、復調の気配)」と書いているし、今のNMBはわりと良いんじゃないかという気がしていた。なにげなく「人狼」を見始めて、わかぽん(安部若菜)を好きになり、そうして気が付けばどハマリをしている。
僕はいつも少しだけ気づくのが遅い。りいちゃん(大田莉央奈)、ももか(堀ノ内百香)…画面に映っている何人かがすでに卒業(発表)してしまったと知るとき、少しだけ胸の切なさを覚える。
