推しの理由2018 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


「推しの理由2018」

 くまって「現場派」なんだよね。「会えなくても…」を欠かさない須田ちゃんのように、あの子も「会えなかった方も…」という言葉を口にする。ただ、それに続く言葉は微妙に違っていて、あの子が決まって言うのは「会えるのを楽しみにしています」というセリフだ。やっぱり「現場」にベクトルが向いている。

 もちろん、それは全然批判すべきことじゃない。実際問題、いまのSKE選抜はほとんど握手会の完売順で決まると言われているくらいだから、戦略としても間違ってない。「話すことがなくても、人見知りの方でも、みんな大歓迎です」って言葉も、あの子の本音だろう。

 それでも僕は、「会えなくても思ってくれてありがとう」って須田ちゃんのセリフや、「在宅派」ってちゅりの言葉をとても暖かく感じる。僕が握手会に行かない理由はきっと色々ある。その色々ある僕の有様/生き方を、彼女たちの言葉は肯定してくれる。「在宅派」の「派」という言葉には、僕を包み込んでくれる暖かさがある。その暖かさを横目で見ながら、僕は「理由」を探してる。

・・・

 今年のくまは本当に「選挙戦」を頑張っている。仕事も学校もこなし、ブログやモバメ、SNSも(ほとんど)欠かさない。それだけだったら去年も同じだけれど、今年はそれだけじゃなく、毎日SRをして、自分で投票し、ファンが飽きないように「くまチャレ」企画まで始めた。今年にかける「想い」は十分伝わっている。あれだけ頑張っているんだから報われて欲しいとも思う。

 ただ…そんなくまを眺めながら、なにかがずっと切ない。僕の中に「理由」を見つけられない。どうしてくまなのか、どうしてくまじゃなきゃいけないのか。時々、それが分からなくなってしまう。「くまがいちばん可愛い」と思える時もあれば、「荒井ちゃんの方が雰囲気良いじゃん」「まりんの方が可愛いじゃん」「れなひゅーの方がピュアじゃん」「よこにゃんの方がキラキラしているじゃん」「おぎゆかの方が理想的じゃん」とか…そんなことを考えてしまう時もある。

(今のおぎゆかのあの目に勝てる子はそうは居ない…。あの写真を見てしまうとそう思える。2年前、それはてちに感じていたことだし…かつてはくまにも同じことを感じていた…)

 今のくまが果たして彼女たちに勝てるのか、僕には自信が持てない。すべてにおいて作られすぎているようにも思う。それが良いことなのかどうか僕には分からない。分からないけれど…。どうしても他の子に惹かれてしまう。きっと僕は本当の「くまヲタ/森の住人」じゃないんだ。ただそこにフラ~っとやってきた風来坊みたいな存在で。

 他の子に惹かれているのに、それでも投票するのはくまだけ…。バランスがね、どうしたって悪いんだ。いったい、どうしてくまじゃなきゃいけないのか…。どこかに理由はあるはずなのに、その理由がどうしても見つからない。

  もし…先に荒井ちゃんと出会っていたら、荒井ちゃんヲタになっていたのかな…。「そうじゃない」と言い切れるだけの自信がいまの僕にはない。

 これが「推し」の話ではなく、夫婦や恋人の話ならば簡単だ。書面であれ口約束であれ「契約」で結ばれている。友達や家族なら、そこには何らかの「精神的な結びつき」があるだろう。誰かと一緒に居る理由なんてそれで十分だ。あるいは常連のヲタであっでも、そうした結びつきはあるかも知れない。でも、僕には何もない。誰に引き止められることもない。推し変しようと思えばすぐに出来てしまう。

 何もないからこそ、僕はいつだって理由を探してる。くまじゃなきゃいけないその理由を。