三國志ガール
中国のドラマ「三国志 Three Kingdoms」。お金も時間もかけているだけあって、なかなか見応えがあります。基本線は「演義」なのですが、必ずしも蜀漢一辺倒ではないところに好感をもちました。曹操も魅力的に描かれていますし、一見人格者のように見える劉備の無頼さを隠しきれてないところも好き(≧∀≦)ノ
ただなあ…周瑜とか曹真の描かれ方はやっぱし…なんて言うの…諸葛孔明のスーパーマンぶりを強調したいばかりに、周瑜や曹真のような実際の名将を貶める(ウソ)展開は…やっぱし嫌いだなあと。あの辺は「演義」自体の品の無さを感じるところで。
それはともかく。もうひとつ感じたのはこの「三国志」という物語の根底には「儒教的精神」が流れているということ。ぼくは光栄のゲーム「三国志」から入り、それから吉川三国志をはじめとして…いろいろ見てきた*わけですが、日本の三国志コンテンツにおいて、こうした「儒教色」は多かれ少なかれ脱色されているように思います。
(*三峡ダムが出来る前の白帝城にも行ったし(* ̄艸 ̄))
それでも、この「三国志」という物語の根底には「儒教的精神」が流れていて、それがまたぼくの考え方にも影響している…ということに、このドラマを見ていて気付かされたんですな…(孔子より莊子の方が好きだと思ってきたんですけどね)。
あるべき人間像…っていうのかな、ただ優秀なだけでなく、いわゆる「五常」…仁義礼智信(+厳勇)を備えた存在をこそ真に尊ぶべきだって考えが、どうも染み付いちゃっているみたいで(趙子龍とかその意味で最強の名将じゃんね。まあ、実際にはどうだったか分からんけれども←)
ぼくがアイドルに求めるもの…このブログで書いてきたようなこと…も、要はこういうところに根っこがあるんだろうなって。「女らしさ」とか何とかってよりも、むしろ「名将たれ!」と、(貂蝉よりも、むしろ)「趙子龍のように!」と。そう言ってきたわけですな(≧∀≦)ノ