Tokyo Idols(3.5) | 想像上のLand's berry

想像上のLand's berry

言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
Tokyo Idols
監督: 三宅響子
 
概要
 地下アイドル、りおのファンは多くが中年層だ。束の間のリアルな交流は、お金を媒介に成立しているようにも見える。日本のアイドル文化に迫るドキュメンタリー。(Netflixより)
 
感想
 まあ、「お金を媒介に成立」しているわけですけども(≧∀≦)ノ
(そんなの当たり前じゃんね?)
 
↑の概要にも出ているりお(柊木りお)さんのパートは映画全体の半分を占めていて、そこはそれなりに興味深いけれど、それ以外は正直「浅いなあ…」って。
 
 たとえば48では2年前(2016)の総選挙が扱われるけれど、りょーかのファンがチラッとインタビューされるだけ。いつだか選対のドキュメンタリー番組があったけれど、それにも遠く及ばない。ただ表層をなぞるだけ…。「アモレカリーナ」や、「原宿物語」にしても、それは変わらない。尺的に全然足りてないから、ただ表層をなぞるだけ。「10歳とか14歳にはまるおじさん」というステレオタイプをただ垂れ流しにする。
 
 そこにある「想い」とか…なんだろうな、「背景」とか、そういうのは全然浮かび上がってこない。そこを補完するようにおなじみの「識者」たちが登場するわけだけれど…彼ら/彼女らにしても、毎度おなじみのピント外れな意見を繰り返すだけ。「識者」たちが何を言わんとするか、ぼくは名前を見た瞬間にみんな分かったもん。
 
 これはドキュメンタリーってより、ただあらかじめあるステレオタイプを繰り返すだけのレコーダーに過ぎない。その先に新しいなにかが見えてくるわけじゃない。「識者」がただの権威づけとしてしか機能してないようなドキュメンタリーなんざ(-。-)y-゜゜゜
 
 こんなんならさ、(ここに「識者」として登場した)濱野◯史はいかにしてアイドルにハマり、そしていかにしてアイドル界からBANされるに至ったか、なぜ北原◯のりはかくもアイドル界を敵視するのか、そこに迫ったほうがよっぽど面白…くはないだろうけれど、ドキュメンタリーらしくはあるよ。
 
 この監督はドキュメンタリー制作者としての誠実さにも欠けている。たとえば、2016年の総選挙、さっしーが「わっ」と口を開けて驚くシーンに、「一位さしはらりの!」という徳光さんの音声が被されている。でもね、実際にさっしーが驚いたのは、そのセリフのタイミングじゃない。だって、二位が発表された瞬間に一位が分かるわけだから、一位発表の瞬間にあんな驚くわけないもの。実際には、「票数」を聞いた瞬間に驚いたんだよ。
 
 このドキュメンタリーは映像と音のタイミングを変えることで、そこのところに嘘をついてる。そんなの些細な問題かも知れない。でも、こういうことをするドキュメンタリー制作者をぼくは信用しない。
 
 ↓のトレイラーにも出ている、「There are around 10,000 teenage girls who call themselves idols in japan.」ってのも、(半分)ウソだよね。「アイドル」が一万人いるってのはよく言われること。だけど、その数字には当然、二十代のアイドルも含まれている。AKBだってSKEだって乃木坂だってももクロだって、主力はみんな二十代なわけで。(十代だけで一万人いても不思議ではないけれど、二十代も普通にいるってのを言わないのはフェアじゃない。ただの印象操作)
 
 ところどころに挟まれる秋葉原の映像。興味本位の出歯亀みたいな眼差し。いわくありげに映されるラブライブの看板やラブドールの商品。でもさ、そのそれぞれはまったく別の文化に属している。アニヲタとドルヲタはまったく=じゃないし、ラブドールなんてまたまったく別の何かでしょ。
 
 そうした恣意的な編集は結局、この監督がアイドルを見ている網目が単にその程度の粗さ/雑さだってことに他ならない。このドキュメンタリーがステレオタイプなイメージを繰り返すのも単に、この監督のもつ先入見の反映に過ぎない。
 
 思うのはさ…アイドルったって千差万別だし、そこに込められたファンの想いも千差万別であるはずだ。その多様性がこのドキュメンタリーからは見えてこない。もちろん、いくら多様ったって、なんかしらの共通性はあっても不思議ではない。だけど、それも大してこの映画からは浮かび上がってこない。
 
 言い換える。ここには、僕がいない。
 
☆☆☆★(3.5)