ぼくは知りたいんだ。
くまのことを大切な存在だと思える瞬間もあれば、「何で応援してるんだろう」って分からなくなる瞬間もある。「恋愛したい」(けれど出来ない)とか、「同世代の女子に受けたい」とか、そんなセリフを聞くと、もう道が分かれてしまったように思える時もある。
くまがそう思うことがダメというより…たとえ道が分岐しているとしても、玲奈だったら、その葛藤自体をファンと共有してくれたんだろうと思える。くまは、たとえそういう葛藤があったとしてもファンには言わんから…。
心は縛っておけない。だからこそ怖い。「したいけれどできない」みたいな主体性の感じられないセリフは、ぼくを憂鬱な気持ちにさせる。もう同じ方向を見ていないんじゃないかなって不安になる。
玲奈だったら、玲奈だったら、玲奈だったら…でも、くまは玲奈じゃない…( ..)φ
恋愛したい、髪も染めたい、モバメも滞りがちで、せっかくセンター曲がアルバム(収録曲)投票で一位になったのに今日まで触れずじまい(たまたま香港行きが重なってタイミングが悪かったのも確かなんだけれど…)。それでもまだ、くまにこだわらなきゃならない理由ってなんかあるのかな…?
だって、もっと同じ方向を見ているように思える子…もっとぼくを必要としてくれる子…もっと「こっち側」に居るように思える子なら他にもいる筈で(すみぺとかすみぺとかすみぺとか菅井様とか←)
きっと、あの子は目の前の…手の届く範囲のことで精一杯なんだよね…。だけど、手の届く範囲にいる人、現場に行く人だけがファンじゃないわけで…。忙しいのも分かるし、一生懸命なのは分かるけれど…いや、本当は分かってないのかな…。こんなこと書いてるくらいだからね。ぼくはたぶん、あの子のファンに向いてないんだ。
別に批判がしたいわけじゃない。なんだか、くまの一生懸命のその先に自分が居ないような気がして…。時には、「(将来の夢は)幸せになること」ってゆいりーとか、「私なりに頑張る」ってりおんの…肩肘を張らない、言葉が先走りしない姿勢に居心地の良さを覚える時もあって。最近はとくにそうで。
ただ、くまのことを「他の誰より可愛いな…」と思えるのも確かで。結局、割り切れもしないまま、信じる覚悟もできないまま…。ずっと知りたいと思っている。教えて欲しいと思っている。なぜ熊崎晴香を推さなければならないんだって、その理由を。
「好き」ってだけじゃダメなんだ。
…
ひとつだけ…
思うことがあるとすれば、くまって良い子なんだ。あの子のことを知る誰もがそう言う。それは、真面目ってのとはちょっと違う。すぐ嘘つくし、誤魔化すし…
ぼくがくまを「良い子」だと言うのは、あの子が聞く耳を持っているってこと。初アンダーの時、メンバーの自己紹介MCをウンウンうなづいて聞いていた姿…あの時、ぼくは、「この子、良い子だな…」って。
喋るのに夢中で人の話を聞いてなかったり、調子よく返事だけしたりするところも確かにあるんだろうけれど…。でも、心の奥底にはちゃんと聞く耳を持っている…気がする。
それは、素直に言うことをきく子って意味じゃない(ぼくは、あの子はわりと頑固だと思う)。そうじゃなくて、人の意見をシャットアウトしないってこと。「私は私」でシャッターをガシャンと降ろしてしまわないってこと。
だからこそ、「ゴチャまぜ」でも加藤さんや有野さんや遠藤さんがやいのやいのと半ばネタにしながらもダメだし…いじってくれるわけだから。「私は私なんで」みたいな子だと、きっとああはいかない。
そこにぼくの理由もあるのかな…。聞く耳を持っているってことは、それだけ(進む方向の)可能性の束が広いってことだから。その内のどれかひとつに、同じ道を、重なる道を見出せるんじゃないかって、心の片隅でも信じられるから。