今更すぎるデスノート(無印) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


今更すぎるデスノート(無印)

 今さらデスノートのアニメを見返してみた。

1.
 やっぱり第一部は面白い。ツッコミたくなるところはあるけれど、勢いで見させてしまう。それに対して、第二部はいまいち。結末はあれで良いと思う…というより、ああせざるを得なかったと思うけれど、そこに至るまでの過程がなんだか微妙で。

 第一部の特に初期は、いかにデスノートのルールを活かすか、ということに焦点があった。これは読者も参加ができる。「ぼくだったら/私だったら、こうする」というね。

 それに対して、第二部は「いかに相手の裏をかくか」に焦点がある。この場合は、よほど伏線を丁寧に張っておかないと読者が参加しづらい。作者の裁量ひとつで、いくらでも「裏の裏でした」「いや、裏の裏の裏でした」とか出来るから(だからこそ、あのジェバンニの「複製」がこれだけ批判を受けてきたんだろうし)

 もうひとつ、構造的な問題がある。一部で「キラvsL」という構図でやっておいて、二部でまた「キラvsLっぽい奴」って、なんだかマンネリ感がある。

2.
 そこでぼくは、今さら思いついてしまったんだ。第二部は視点をガラリと変えちゃっても面白かったかもなって。つまり、主人公を別の人に変えて、月視点を外してしまう。たとえば、強大な「キラ王国」に対してレジスタンスを試みる奴とかね(この場合、Lっぽい奴より、むしろ松田くんっぽい奴の方が良いな)

 読者はもちろん、月=キラって分かってるんだけれど、物語の主人公はそれを分かってなくて。第一部の時のわずかな手がかりをひとつずつひとつずつ詰めていって、段々とキラの正体に近づいていくとか、そういうこと。そいつが第二部の主人公になっているから、結果的に原作と同じ結末を迎えても、納得感があるというか、拒絶感が少なくなるというか。そういう利点もあると思う。

 まあ、夢物語ですな。

 え? 続編映画? なにそれ?←