アイドル×演劇(「アイ劇」ノスヽメ) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


アイドルとしてではなく、しっかりと女優として作品に参加をしていることが、間違いなくプラスになっている。ここ数年、卒業メンバーも含めAKB48グループでは演劇・舞台に間違いなく力を入れ始めている。そして、その流れで結果を出し、自ら演技の道を切り開いているメンバーがいる。



アイドル×演劇(「アイ劇」ノスヽメ)

1.演劇に進出するアイドル
 とりわけ近年、アイドルが演劇の領域に進出していく傾向が目立ちます。ハロプロは割りと昔から力を入れている印象がありますが、ここ最近では48やももクロ、乃木坂などもそうです。また、卒業生が出演する舞台も、当たり前のように見られるようになってきました。

 これにはいくつかの理由があるでしょう。「アイドル」というものが、かつてのTVを中心としたメディアのスターから、劇場でのパフォーマンスを中心としたライブアイドルへと変化してきたということ。劇場という点で、現代のアイドルは演劇と共通点をもっています。また、そうして数が増大した「アイドル」の卒業後の受け皿として、演劇の世界が機能しているということもあるでしょう。

 そんななか、時折見られるのが上に掲載したような「アイドルとしてではなく、しっかりと女優として」という類の言説です。それはつまり、「郷に入れば郷に従え」ということですよね。演劇の世界に入るのなら、その世界の慣習なりに従わねばならぬ。まあ、ある意味では当たり前の考え方です。

 ただ、ぼくはそれとはまた別の考えをもっています。


2.アイドル演劇としての『櫻の園2』
 それは、「アイドルとして」出演できる舞台の可能性です。いくら劇場という点で共通点があると言えど、アイドル/元アイドルにとって演劇の世界というのは、基本的にはアウェイです。適応するのが難しい面もあるでしょう。常にハンデを背負って戦っているような感じになります。

 だったら、ホームを作ってしまいましょうと。「郷に入れば」ではなく、「郷を作って」しまいましょうと。「アイドル映画」って言葉がありますが、ジャンルとして確立しているのかどうかは微妙なところです。それはともかく、「アイドル演劇」というのがジャンルとしてあっても良いと思うのです。

 元SKEメンバーの加藤るみちゃんが出演した舞台『櫻の園2』では、上演後の「物販」や「握手会」など、アイドル・イベント的な要素がありました。「純粋な演劇」という観点からすると、批判を受けるところかも知れません。実際、ぼくは参加せずに帰ってしまったのですが、でも、あそこには大きな可能性があると思えます。

 帰って来てから「残っても良かったかな…」とか、(後日、他の出演者によるブロマイド販売も始めたらしいのですが)「未浜杏梨さんのブロマイドちょっと欲しかったな…」とか思ったり…。ぼくがそう思うってことは、そこには需要があるってことでしょうし、なんだろうな…そういう空気感というのが、ぼくにとって居心地のよいものだと思えるのです。

 振り返ってみれば、もともと『櫻の園』(とくに1990版)という作品自体が、グループ・アイドル的に受容できる要素をもっているコンテンツです。

 48をはじめとしたグループ・アイドルには、握手会やSNSなどで増進されるファンとメンバーの関係性と、もうひとつ、SNSやライブMCなどで表れるメンバー同士の関係性という、二つの関係性があります。ファンはそれを(前者は直接的に、後者は間接的に)消費していきます。これをぼくは「関係性消費」と呼びます。

 1990版の『櫻の園』の演劇部員たちを見ていると、なんだか48のメンバーを見ているような気分になります。それは、グループ・アイドルを眺めることの内に、『櫻の園』のような、女子校の生徒同士の関係性を覗き見るようなところがあるからですよね。『櫻の園』にはもともと、後者の要素=メンバー同士の関係性の要素があるんです。

 舞台版『櫻の園2』では、アフターイベントなどによって、さらに前者の関係性=ファンと演者の関係性までもが前景化されたような印象で、「あ…これはなんか正しい方向だ」と思えたんですな。内容については批判も書きましたが、正直、いまもう一回見に行きたいくらいですもん。そういう意味で、あれは良い舞台だった…と、思えます。


3.「2.5次元ミュージカル」とアイドルの親和性
 ここでひとつのモデルケースとなるのが、いわゆる「2.5次元ミュージカル」と呼ばれる舞台群です。これは、マンガ・アニメ・ゲームなどの「2次元」作品を3次元化…つまり舞台化したもので、近年盛んに行われています。

 『櫻の園』も、もとは吉田秋生さん原作の漫画ですから、ある意味では「2.5次元」と呼べるのですが、いま「2.5次元ミュージカル」と呼ばれるものは、もう少し限定された意味をもっています。たいていの場合それは、『テニスの王子様』を舞台化した「テニミュ」を嚆矢とする一連の作品群に対して用いられます。

 「2.5次元ミュージカル」の特色として、演劇でありながら、2次元の文脈上にあるということがあります。演技の参照になるものがマンガ・アニメのキャラクターであったり、それを演じた声優さんの演技だったりするんですな。マンガ・アニメ特有のカラフルな髪色のキャラクターになりきるために「かつら」を使ったりするのも特徴的です。

 つまり、「2.5次元ミュージカル」は、マンガ・アニメの舞台化であることに主眼があります。そこでは何より、キャラクターのイメージを守ることが大切にされているのです。したがって、原作マンガやアニメのファンも安心して楽しむことが出来ます。

 また、もうひとつの特色として、アイドル的な受容がなされている、ということがあります。たとえば2部構成になっていてライブパートがあったり、出演者によるライブコンサートがあったりします。そこでは、コールやサイリウムなど、アイドルのステージとほぼ変わらないような光景が展開されます。

 なぜこのような受容がなされるのか、おそらく、ひとつにはキャラクターに重点があるからなのですね。「2.5次元ミュージカル」の嚆矢となった「テニミュ」では、キャラクターをいかに見せるかという点を重視した演出がなされていました。「弱虫ペダル」など、これに続く作品群にも多かれ少なかれ似た傾向があります。

 また、キャラクターのイメージを尊重することもあってか、まだあまり名前の知られていないような経験の浅い俳優たちを起用することが多かったため、ファンは、舞台を重ねるごとに成長する俳優たちを見られるということもありました。それもまた、アイドルと共通する点です。48なんてまさに、「成長を見守るアイドル」というコンセプトです(でした)。

 AKB/SKEの『AKB49』や、乃木坂の『じょしらく』など、女性アイドルが出演する舞台作品に「2.5次元」が多い理由も、似たような点から考えられるかも知れません。もともと、アイドルと「2.5次元」というのが親和性が高いのですね(ライブパートを入れるなど、演劇としてカチッと作り過ぎないので、その分だけアイドルもやり易いということもあるでしょう)

 それから、舞台上の空間が同性のみで構成される「ホモソーシャル」な空間になることも特色のひとつです。たとえば、男子がメインとなる舞台の場合、原作に女子キャラクターがいてもそれは排除されたり(テニミュ)、あるいは男子が女装して演じたり(弱虫ペダル)ということが多いのです*。
(その意味では、キャラクターのイメージが尊重されるのは、メインとなる性別のキャラクターのみなのですな。その辺、非常にはっきりしています)

 これもまた、今日のグループ・アイドルと共通する点です。もちろん、たいていのアイドル・グループは同性のみで構成されているわけです。また、映像コンテンツでも、「アイドル映画」であることを自ら標榜していた『幕が上がる』では、原作に登場する男子部員が排除されたりしていました。

 ちなみに、冒頭に掲げた引用も、漫画原作を舞台化した「2.5次元」作品の評なのですが、この作品は出演者に男女が入り混じっていたりと、ここまで書いてきたような本来の「2.5次元」からはやや外れるところがあります。「アイドルとしてではなく、しっかりと女優として」と、ことさら演劇であることを強調しているのもまた、そうした空気を反映しているのかも知れません。本来の「2.5次元」はむしろアイドルっぽいのですね。

 いまや、「2.5次元ミュージカル」はジャンルとしてすっかり定着した感があります。それは2次元でも3次元でもない、「2.5次元」という独自の立ち位置を確保したのです。


4.「アイドル演劇」ノスヽメ
 ぼくが考える「アイドル演劇」というのもそのようなものです。演劇でありながら、アイドルの方にも重心があり、その中間に位置するようなもの。「女優として」演じるのは本職の舞台女優には敵わなくても、「アイドルとして」演じることができるのであれば、それは本職アイドルの独壇場です。そこに需要があるのであれば、その領域を切り拓いていく価値があると思います。

 ジャニーズの舞台…というのは僕もよく知らないのですが、キャストと役名が一緒だったりして、半ば本人の役になっている、という話を聞いたことがあります。まさにそれですよね。だから、男性アイドルの場合はすでにあるわけですよ(「2.5次元」ってのも、ジャニーズ以外のアイドル的存在の選択肢として受容されたという話もあります)

 それを女性アイドルにも作りましょうと。それも、卒業生も出られるようなやつをね。卒業後も「アイドルとして」演じるのを強いられるのか…と警戒する向きもあるでしょうが、これはジャンルであってグループじゃないわけですから、別にいくらでも出たり入ったりして良いんですよ。そういう「ホーム」を作っておきましょう、ということですね。

 これはまた、演劇界にとってもメリットがあることです。アイドルというのは動員力がありますから、お客さんを集めることが出来ますし、そこから演劇自体に興味を持つ人も出てくるでしょう。また、物販などでの副収入も見込めます。ドルヲタってのは、そういうところはやたら金払いが良いですから(^_^;)

 演劇は金掛かりますから、それ利用しない手はないです。もちろん、すべての演劇がそうなったら、それはそれでマズいでしょうが、「2.5次元ミュージカル」のように、純粋な演劇(そんなものがあるとして)とは別の、独自の領域を切り拓く分には、そんな悪いことにはならないのではないでしょうか。

 問題となるのは、コンテンツをどうするかです。2次元のアイドル・コンテンツ…たとえば『ラブライブ』や『アイドルマスター』には、すでに先住者がいますから、それを使うのは難しいでしょう。絶対に反発されるでしょうしね(ぼくはダイヤが好きやねん、小宮有紗ちゃんが好きやねん←心の声)

 48の場合、『AKB49』や『AKB0048』(あれはあれで文句が出そうだが…)、『マジすか』など「手持ち」のコンテンツがいくつかありますが、それにも限界があります。

 でもね…探せばあるんですよきっと。『櫻の園』なんて、その意味ではベストの選択肢のひとつでしょうし、今だったら『推しが武道館いってくれたら死ぬ』なんておススメ。アイドルがアイドル演じるんですから、そりゃあ良いですよ(あれ、でも舞台に出来るのかな…?←根本的な疑問)

 あるいは、いまさら「スケバン刑事」をやったって良いわけですよ。『武士道シックスティーン』みたいな「青春ガールズムービー」系をやったって良いわけですしね。個人的にやってほしいのはあれ、2000年代頃の深夜ドラマ。『Heart Beat』とか『ナツのツボミ』とか『ディビジョン1 放課後』とか…(ああ、それあったらマジでソッコー見に行くわ!)

 アイドル文化というのは、いろいろと形を変えながら、もうかれこれ半世紀近く(以上?)この国に根付いてきたものです。潜在的なファンはいくらでもいますし、アイドルを主題とした、あるいはアイドルと親和性の高いコンテンツだっていくらでもある筈なんだと思うのです。

 だから、良いじゃないですか「アイドル演劇」、はじめましょう…と言うか、誰かはじめてください<(__)>←人任せ

 (いやもう…ホント、ぼくがこういうのに携わる人だったら真っ先にやりたいよ!←心の声2)