「ライアン・マッギンレー BODY LOUD」展
東京オペラシティ アートギャラリー

まるでシスティーナ礼拝堂のように壁一面に貼り込められた写真。
写真における「裸」というと、「規制」という言葉が連想される。近年では、愛知県美の展覧会やレスリー・キーの写真集が規制対象となった。だから、「裸」を撮影することは、そうした権力側の抑圧や、あるいは世間一般の常識に対する抵抗という側面がある。
だけど、マッギンレーの写真には、そうした影は微塵も感じられない。彼の姿勢には「あえて裸を撮る」というような抵抗的な身振りはない。
「僕の写真の世界はファンタジーで、僕は写真のなかで実生活の問題を解決するつもりはないし、実際に写真を撮るとき僕は現実から逃避しようとしているんだ」
(展覧会カタログp.88)
自由を求める人が、自由を求めるという仕方で不自由に言及するのに対し、マッギンレーは、そうした対立の構図そのものから解放されている。あっけらかんとした、のびのびとした写真。それはまるで、罪という概念を知る前のアダムとイブのようなおおらかさだ。