「私を応援してくださる方は外見だけで誰かを判断するような人じゃないと思っています」と言った子がいる。アイドルなのに? 悪いけれど、ボクは明確にこう答えられる。(総選挙も投票したけれど)「もう応援しませんよ」と。
でも、そう言うからには、それが何故なのか…という問いにもきちんと答えなければならない。そう思った。以下の記事はここ何日か書いていて、でもお蔵入りさせようと思っていた記事だけれど、やっぱり掲載することにした。
「ボクはなぜ、アイドルの茶髪が許せないのか1」
それは、もはやどこかへ消し飛んで行ったかのようです。でも、実際はまだそこにあって、ボクらの言動に影響を与えている…。
今を遡ること約2年前、SKEでは茶髪論争なるものが巻き起こりました。それまでは茶髪厳禁(という体)であり、またそれを自らのアイデンティティとしていたSKEがそれを解禁したことで、SKEにとって、またひいてはアイドルにとって「茶髪はありかなしか」という論争が巻き起こったのです。
あれから約2年が過ぎ、当事者たちの多くもすでに卒業しています。茶髪(あるいはそのようなもの)にする子は、公言する子もそうでない子も含め、いまも一定数居ます。もちろん、(おそらく禁止になっている)研究生や若手をはじめ、そうしない子も多く存在するのです。
あれから様々なことがあり、SKEの売り上げは全盛期の2/3程度に落ちました(別にそのせいだと言いたいわけではありません)。ファナティックだったヲタたちも、相次ぐ卒業や心を暗くする知らせ、果てなき論争に疲れ果て、もはや茶髪がどうのとは表立って言わなくなりました。
ひょんさんの卒業というかつてない大変動、藁にもすがるような状況での明るいニュースとしての7D2…(「未来は明るい」という彼らの言葉は、まるで自らに言い聞かせているように聞こえます。7D2が良いというのは確かにそうだと思いますけどね)。
こんな時に今さら茶髪論争なんて蒸し返さなくても良いじゃないか…とボクも思います。おそらく、この話題はもはやアクチュアルなものではあり得ないのです。それはつまり、人々の認識が変わったということでしょう。それが表面的なものなのか、それとも深層をも含むものなのか、それは分かりません。
それでも、ボクは気になってしまう。茶髪の子は応援する気になれないんです。あらゆる美徳や記憶(想い出)を越えて、茶髪の子はもう別の枠に入れてしまうんです。すなわち、もう応援しない…という別の枠にね。
これは結局のところ、ボク自身の問題に過ぎません。だからこのシリーズは、誰にこうせよと言うものではありませんし、あるいはそれは、客観的な分析や意見ともまるで異なるものでしょう。それは、数万人のSKEファンのうち、数万分の一の重みを持つものでしかない。塵のようなものです。
それでも、塵も積もれば山となる。結局、個々の考えの集合が全体を形成するんです。ゆえに塵を積らせることには、それはそれで意味があると思えます(数万分の一の意味とは言えね)。ボクにとっては、やはりここがスタート地点です。
すなわち「ボクはなぜ、アイドルの茶髪が許せないのか」
つづく