じゃんけん大会2015で感じたこと1 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


「じゃんけん大会2015で感じたこと1」

 正直、これまででいちばんつまらない大会だと、思っていた。

 …途中までは。

 SKE勢は早々に敗退しちまうし、解説のきたりえはまるで無能だし(4時間の放送でホントに三言くらいしか話さなかった。話すことがないなら、事前に出場者の意気込みくらい聞いておけと)、出場者のパフォーマンスもなんだかなってのが多かった(後述)。

 そもそも大会のルールが気にくわない。AKBのシングルという建前だったら、まだ分かるけれど、ソロシングル争奪なのに、なぜAKBだけ予選免除なのか。この大会には美学(感性学という意味ではなく、語の一般的意味において)というものが感じられない。

(何度も書いているように、結果の平等は必要ないけれど、機会の平等は何としても必要なんだというのがボクの持論だ)

 ずっと続けてきたこうした特別扱いの弊害は、おそらくファンの声援にも表れていた。中継で聞こえた限りだけれど、明らかにファンの声援が支店メン>本店メンなんだよね。支店メンの場合、あまり知られていない子でも声援が飛ぶのに、本店メンの場合はメンバーによって声援量が相当に違う(なんど冷え冷えの空気になったことか)。

 これ、どういうことかと言えば、グループ全体(支店)vs個人(本店)という構図になってしまっているんだと思う。それは755の写真集対決でも見られた構図。支店メンの場合、グループのファンが総出で応援するのに対して、本店メンは自らの戦力だけで戦わざるを得ない(だから本店メンはほとんど勝負にならなかった)。

 本店に箱推しがいなくなってしまったというのはよく言われること、そしてそれは、組閣の影響が大きいとも言われる。けれど、支店も組閣があったことを考えると、むしろこうした特別扱いの結果、「グループ」という意識が削がれていると考えた方が良いんだろう(AKB選抜が事実上48選抜になっているというのも大きいだろうけれど)。

 そうした「特別扱い」はさらに本店の中でも存在していて、それは鼻に付く演出にも現れていた。特定の子だけ登場の仕方が別だというね。コンサートで特定の子ばかり…というのだったらボクは文句は言わない。人気がある子が目立つ演出が当たり前だとも思う。

 でも、これは「大会」だから、そういう論理とは別の論理で駆動しなけりゃ、エンターテインメントとしても面白いものになりゃしない。たとえば、W杯で初出場の国とブラジルが戦ったとして、事前のセレモニーでブラジルだけ目立つような演出がなされたら誰だって鼻白むだろう。

 ただ、ひとたびピッチに立てば、ブラジルの選手は華麗なテクニックで観客を魅了する。あるいは弱小国が奮闘して拍手を浴びるかも知れない。強者も弱者も同じフィールドで同じフォーマットで戦うという様式美がそこにはある。

 ホントに強者ならば、演出で差をつけるんじゃなく自らのパフォーマンス(魅せる技術)で差をつけろと。そういうことだ(繰り返すようだけれど、これがコンサートならば、また別の考え方になる)。

 そして、そうした個人主義の結果、個人個人が磨かれたか…と言えば、そこは微妙なところだと思う。それはガチじゃないから。競争原理をはたらかせるためには、機会の平等と、そしてもうひとつ明確な勝敗が必要で、今の48にはそれがない。総選挙は立候補制になり、そして下の方ではクビも切らなくなった。

 淘汰もされないんじゃ、磨かれていく道理がない。結果、ただ甘ったれたメンバーが続出する。

 とは言え(さんざん言ったあとだけれど)、もうAKBをあまり悪くは言いたくないんだ。ボクはもうAKBファンじゃないから、いまじゃ、ただSKEファンがAKBの悪口を言っているという構図になってしまう。

 逆にSKEに対する悪口の方が言いやすいくらい。もうホントに何を負けてんだと。バシッと気合いを入れて出さんかいと。もっとこう…グワッと!ブワッと!←精神論

 という冗談は置いておいて、でも、めちこもりょうはもりおん(くまじゃけってなんやねん)も荒井ちゃんも、太田ちゃんも可愛かった…と、やっぱり甘くなってしまう( ;¬_¬)

 と言うわけで(?)次回はAKBで良かったところも少し(別にバランスを取るわけじゃないけれど)。

つづく