嫌AKB論2(籠城論)
前回の記事は、いまやAKBは一般層から避けられ始めているという話でした。しかもAKBの名前は(少なくとも普段メディアに接している人には)浸透しているので、もはや多くの人はAKBに対する態度を決してしまっており、刈り取るべき場所がないという状況です。
つまり、好意的なファンと非好意的な一般層とに二極化してしまっているということになります。これはあまりに極端化した図式ですが、少なくとも、AKBのことを知らない層=刈り取るべき場所が無限に広がっているような、かつての状況とは違うとは言っても良いでしょう。
問題は、さあそういう状況でどうするか…ということです。
と言っても、なにか目新しいことを言いたいわけではなく。ひとつはもちろん、尊敬されるグループ、敬意を払われるグループになるということですよ。たとえ非好意的な人であっても、「あいつのことは嫌いだけれど認める」と思われるくらいには持っていかないと。それは企業としてもね。
もうひとつは、戦略の見直しです。これもずっと言っているのですが、野戦から籠城戦に変える。『進撃の巨人』にたとえるなら、いくら調査兵団を送っても何の戦果も挙げられず、消耗していくだけなんだから、むしろ壁を高く築いて国力をたくわえろと。
『進撃の巨人』だと籠城論はむしろ否定的に描かれるんでアレですが…。出て行って勝てるのならそれでも良いとボクは思っていたのですが、勝てないようですからね。
籠城戦が肯定されるケースは2つあると思います。ひとつは、そうして籠城していれば、やがて援軍が到来する可能性がある場合。ただ、これは48には当てはまるかどうか。NGTとかは援軍と考えられるかも知れませんが…。
もうひとつは、城内で自給自足が可能である場合。城壁の内に確保している領域が十分あれば城内で自給自足することが可能ですから、籠城してやっていくことが出来ます。今のAKBも、そのように自給自足でやっていくことが出来るとボクは踏んでいます。
わざわざ刈り取りに行かなくとも、壁のこちら側の方が安全で居心地が良いと分かれば、外から流入してくる人もいるでしょう。そうして勢力を拡大していきましょう。かつてのキリスト教徒のように、あるいは鎖国時代の日本や、あるいは孤立主義時代のアメリカのようにね。
まあ、これはグループの戦略としてボクがそれが良いと思っているだけで、個人個人が(AKBメンバーとして、あるいは卒業したあとで)外に出て行って戦おうとすることを否定するわけじゃまったくありません。(これは以前も書いたこと)
で、これあまりに抽象的な話なので、次回は「ドラマ」って話に沿って書きます。
つづく