「追記」
なんだろうな…こう、AKBが体制化してきてしまったと言うか。色々な人の顔色を窺ってやっているような感じが、ボクにはすごく詰まらなく感じます。そして、その(顔色を窺う)中にファンが入っていないことも、ひどく気に入らないわけですよ。そんな狭っこい世界で最適化しないでくれと。単なるわがままなんでしょうが…*1
う~ん…すでに民主主義社会を経験した人に対して封建主義社会に戻れという方がムリがあるということかな。AKB共和主義者のボクには、運営のやっていることが「反動」に見えるということです。
(もうひとつ言えるのは、選ばれる方は色んな形で査定されるのに、選ぶ方がどうやって査定されるのか、いまひとつ判然としないということ。そうしたシステム上の不備が、最近はすごく気になります)
「衆愚」という言葉や、「民の声は天の声というが、天の声にも変な声もたまにはある」という言葉が表すように、大衆は時として間違った判断を犯すものです。ただ、間違ったとしても、みんなが選んだ判断なら納得ができる。だからこそ、みんなその判断を自分のものとして戦うわけです。時には命をかけてね。それがエネルギーを生む。
それが民主主義ってものの本質です。なんで民主主義が勝ってきたか。なんで現代の国家の大多数が民主主義を選択しているか。それは、民衆が常に正しい判断をするからじゃないんですよ。そうじゃないんです。そうじゃなくて、その判断を自分のものとして考えるからなんです。
それはまた、48がなんでここまでのエネルギーを持てたか…という理由にも繋がるものだとボクは思っています。
48はクリエイティブだから勝ってきたんじゃないですよ。100人中99人が違う意見でも、自分が正しいと思った判断をしてきたからでもないです。全然違いますよ、そりゃ。48はポップだから…ポピュリズムだから勝ってきたんです。
でも、最近の運営はすごく独善的な気がする。ドラフトや大組閣など、ファンの反対を押し切って強行されたもの。オトナAKBやバイトAKBなど、メディアやスポンサーとつるんでいるだけのもの。平気で嘘をつくし、平気で情報統制を行う。
秋元さんは「現場の意見を聞いて」みたいなことをすごく言う訳ですけど、密室でやっている限り、それもまた、こちら側からすると、なんか特権化した一部の身内だけで決めているようにしか見えないんですよね*2。
(最近、ボクは48を見ていて「お仲間同士」という言葉をすごく使いたくなります。「お仲間同士」勝手にやっていて、こっちは蚊帳の外って意味ですけれどね)
ボクに言わせれば、会議なんてオープンにしちまって、ニコニコ動画の生中継でも何でも良いから、ファンが「やいのやいの」ツッコめるようにしたら良い。その意見を聞くかどうかは別にしてもね。
あるいは、メンバーにもっと権限を持たせても良い。メンバーはファンと運営両方と接点を持っているわけですからね。たとえば、ファンに投票で選ばれたメンバーが会議に口を出すとかね。これは間接民主主義になるわけですけれど。
なんか、そういう仕掛け。運営の判断にファンを身ぐるみ巻き込んでいくような仕掛けが必要なんですよ。その判断が自分のものと考えられるような仕掛けがね。
追記の追記:
*1.
ボクらは、秋元康に支持を与えた覚えはあるけれど(最初から秋元さんプロデュースと分かって応援しているわけですからね)、他のスタッフに支持を与えた覚えはない…ってことかな。
だから、スタッフの合議制で決めるとなると、その権威の正当性が気になってしまう。「そこにボクらの意志が入っていないのはおかしいんじゃないですか?」と聞きたくなってしまう。
*2.
ボクらが納得するためには、やっぱり判断のプロセスを可視化する必要があるんだと思います。だって、誰がどういう理由で決めたのか分からなければ、納得するも何もないでしょう。
そこで重要になってくるのが情報公開です。情報公開は民主主義の原則です。同じ情報を持っていなければ、同じ結論には至れないからです。そこで引っ掛かるのが、昨今の情報統制ですよ。なんか、最終的にはそれが足を引っ張っている気がする。
もちろん、機密ってのはどんな組織でもありえるでしょう。ただ、情報公開できないから民主主義にも出来ないってのは、なんかひっくり返っているんですよ。48もそこまでが限界かなと…まあ、これはボクがAKB共和主義者だから言う訳ですけれど。