009 RE:CYBORG | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


『009 RE:CYBORG』

2012年日本、103分

監督:神山健治

主演:宮野真守

概要
 石ノ森章太郎原作の傑作SF漫画「サイボーグ009」を、『攻殻機動隊』シリーズの神山健治監督が映画化したアニメーション。世界規模の危機的状況を迎えた近未来、かつて何度もその危機を救ってきた9人のサイボーグ戦士たちが再起する姿を描く。神山監督はメガホンを取ると同時に脚本も担当し、完全オリジナルストーリーを創造。数々のアニメや劇映画の音楽を担当してきた作曲家・川井憲次の音楽に乗せて躍動する、ニューヒーローたちの活躍に心が躍る。(Yahoo!映画より)

感想
 とにかく、脚本がボロボロ…。当初、押井さんが監督に予定されていて、脚本も彼が書いていたけれど、例のごとくムチャクチャやった挙句に降板したという…(^_^;)
 
 そうして、あとを継いだ神山さんが脚本も書くことになったわけだけれど…押井さんの色は抜けてないな。おそらく、鍵となる「天使の化石」を含め、当初の設定がいくつか生かされているんだろう。師匠の押井さんを意識し過ぎているせいで、神山さんが書いた脚本まで、その雰囲気になっている。『機動警察パトレイバーthe Movie』&『機動警察パトレイバー 2 the Movie』を『サイボーグ009』でやってみましたという感じかな。川井さんの音楽もその印象に輪をかけている。

 ボクは、この人はオリジナルの脚本を書く力はないと思う。『東のエデン』の時にも感じたけれど、そもそも思想がおかしいとさえ思う。だけど、それは根本的な問題じゃなくて――思想なんて善し悪しで決められるもんじゃない――自分の思想を抽象化して語る力がない感じがする。押井さんとか宮崎さんと決定的に違うのはそこのところ。

 宮崎さんの生の思想なんて、ボクには大概受け入れられないところがある。けれど、それは、その作品においては抽象化されている。(たとえば「風」という形で)抽象化され、普遍的なものとして語られているから、そこまで気にならないんだ。それは押井さんも同じで、かなりきわどいこと言ってるんだけど、鳥とか犬とかに象徴されているから、生々しさは緩和されている。

 神山作品の場合は思想が上滑りしているだけで、ちゃんと消化されていない。思想が自分の血肉になっていない。自分の血肉になっていないから、ちゃんと抽象化することも出来ていない。正義だの何だの言ったって、自分の言いたいことを言っているだけだから、それについてボクらが語るべきものは何もない。受け入れられる人は受け入れられるし、受け入れられない人は受け入れられない。ただそれだけ。

 (『精霊の守り人』で、「帰りたい」という重要なセリフを「生きていたい」に変えてしまったのもそう。あれでメッセージにしてしまった。メッセージなんてものは、受け取るか受け取らないかしかない)

 映像に関しては、「おお…」と思うところもある。特に冒頭の街の場面なんて、セル・ルックの3DCGであるということが全面的に生かされている。あの場面はスゴイと思う。あれで一気に引き込まれてしまう。

 だけど、3DCGで描かれたキャラクターは、セル・ルックであっても、やはりかなり違和感が残る。柔らかさがないから、なんか人形が動いているように見えてしまう。その辺も押井さん(とりわけ『イノセンス』)っぽいんだけど、あの人は意図的にやっているのに対し、こちらは、わざわざセル・ルックにして柔らかい雰囲気にしようとしているのにそうなってしまっている。

 とくに気になるのが髪の毛。あれじゃあ「髪」って感じがしない。なんか「物体」って感じ。振り返った時の違和感たるや…。もうひとつは瞳。人形師の「瞳」に対するこだわりを思い起こせば分かるように、瞳ってのは人形の命みたいなもんだろう。そこには(他の身体と)なにか別次元の精魂の込め方/描き方が必要なはずで…

 まあ、そんな感じで、(映像面を含めても)総合的には対して評価はできないな。

☆☆☆(3.0)