ホワイトハウス・ダウン(2.0) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
『ホワイトハウス・ダウン』
White House Down 
 
2013年アメリカ、132分
 
監督:ローランド・エメリッヒ
 
主演:ジェイミー・フォックス
 
概要
 『インデペンデンス・デイ』『2012』などのローランド・エメリッヒ監督が放つアクション大作。謎の武装集団に占拠されたホワイトハウスを舞台に、邸内に居合わせた議会警察官が人質となった大統領と自身の娘の救出とホワイトハウスの奪還に挑む姿を活写する。主人公の議会警察官に『マジック・マイク』などのチャニング・テイタム、大統領に『ジャンゴ 繋がれざる者』などのジェイミー・フォックスら実力派俳優が結集。危機迫る展開はもとより、爆発炎上して崩落するホワイトハウスといった迫力の破壊描写にも息をのむ。(Yahoo!映画より)
 
注:あまりに腹立ったので、ところどころネタバレしてます<(__)>
 
感想
 想像力。最近の映画では、この言葉が鍵になっているように思う。最新技術は、望み得るあらゆる映像を作ってくれる。じゃあ、どういう映像を作るんだ、という想像力が問題になってくる。
 
 『2012』で馬脚を現したローランド・エメリッヒは、もはや時代についていける監督ではないということを、この作品でも示した。想像力ってのは、たんにイメージを映像として生み出す力だけではなく、「こういう状況になったら人々はどう動くんだ」とイメージする力をも含む。エメリッヒには、この後者の部分が決定的に欠けている。
 
 古びたドラマツルギーの影で犠牲になった数々の想像力。ホワイトハウスが占拠されて、(文字通り)目の前で大統領が賊の車に追いかけられているのに、手をこまねいているバカが何処にいる? 
 
  携帯電話が通じているのにまるで生かせない。あの主人公は脳筋か? それに大統領本人と携帯電話が通じているのに、大統領が死んだってことにされるのもあり得ない。そんなことしてる暇があるんだったら、さっさと地下道からタスクフォースを侵入させろよ。映画として孤島状態を演出したいのは分かるけれど、もっと上手くやれと。
 
 それから、YouTubeのアップロード主を報道しちゃったマスコミ。人質の生命に関わることをそんなに簡単に報道しちゃうなよ。なにか? この世界はバカばっかりなのか?
 
 この想像力の欠如は現実世界に対する捉え方にも現れている。軍産複合体を批判したそのPCの背にデカデカと映されたVAIOの文字(この映画の制作がSONYコロンビア)。キミたちだって経済体に負んぶに抱っこで映画を作ってるんだろう。どの口で批判できるんだ。(社会派を気取りたいんなら、むしろそこに切り込んで見せろと。それでこそ批判はリアルになる)
 
 誰かを悪者にして、それですべて丸く収まるほど、世の中は単純じゃない。合衆国大統領は、キミたち(映画人)の大統領であると共に、彼ら(軍産複合体)の大統領でもあるんだ。君たちの思い通りに動くのは合衆国大統領じゃない。オバマとは似ても似つかない気品の無い「大統領」。この映画の中に合衆国大統領はいない。「この作品はフィクションです」。一周回って、この言葉は皮肉でしかない。
 
 米軍が中東から撤退して、和平プロセスにすべての国が同意するという夢物語の裏で、現実世界では泥沼化したシリアへの出兵が進められている。ボクは思い起こす。アサドの非道を訴え、民衆が立ち上がれば、すぐにでも政権が倒れるかのような論陣を張っていた連中を。そうして立ち上がった結果、10万人が殺された。
 
 行き先の見えない腐った戦争を始めるのは、いつだって想像力の欠如した連中なんだ。
 
☆☆(2.0)
 

 
映画『ホワイトハウス・ダウン』最新版予告編
 

 
 (断っておくけれど、ボクは今回のシリア出兵には反対だ。だけど、それ以前にデモのような非正規の手段で政権を転覆させることにも反対なんだ。技術の革新は民主化への道を開くんだから、時間をかけて熟れた果実が自然に落ちるのを待ってれば良かったのさ。だけど既に事態は取り戻せない地点まで進んでしまった。国際社会がエジプトやらリビアの「革命」を支持したことで、反体制派に変な色気を出させてしまった。外交下手のオバマは情勢を読み誤ったし、どうせ支援する積もりならメッセージも弱すぎた。ボクは手を下すこと自体には反対だけれど、どうせ手を下すんならもっと早い方が良かった。「アラブの春」を取り巻く状況は、どいつもこいつもバカすぎて、ボクはもう触れたくない)