through the night 2 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


 SKEガイシコンDVD初日の日置さん&ちょきんを見ていたら、心が折れてしまった…



 今回の記事、本来は「スルー」ってことに対する異議の記事にする積もりでした(まあ、タイトルで分かりますね)。

 「スルー」ってのは、48グループが貫いてきた「ガチ」に背くし、分かりにくい。分かりにくいから(さっしーのような)物語も生まれない。だから、物語によって駆動してきた48グル―プの原理にも背く、云々。

 あるいは、四半世紀マンU監督を続けた名将ファギーの秘訣は、「選手と適切に距離を保つこと」だった。メンバーに情が移ってしまったら、まともなチーム運営なんて出来やしないとかね…そういう感じの事をダラダラと書く積もりだったのです(というより、8割方は出来ていました)。

 でも…それってボクが本当に言いたいことじゃないな~と…

 なぜ、ボクが「恋愛禁止」ってことに、これほどこだわるのか。それは、(前の記事で述べたように)それが「アイドル」ってものを規定するものだからです。それが良いとか悪いじゃなく「アイドル」ってのは(もともと)そういうものです。

 「アイドル」ってものがあったからこそ、ボクは彼女たちに出会う…という言葉は辛いな…彼女たちを知ることが出来た。それがなかったら、もともと出会え…知れなどしなかった。だから、ボクは「アイドル」ってものを否定したくはないのですし、そのシステムを維持する必要があると感じるのです。

 48ってのはシステムですから、誰が辞めたって死にはしません。もちろん、その時々のチームでどれが強い弱いってのはあったにせよね。システムが機能している限り、どんどん新陳代謝していくことができる。ですから、逆に言えば、システムが機能しなくなった時に48は死ぬんですよ。

 でも、その一方、原理主義100%で何から何までガチガチに縛り上げて、それで心を折れさせ辞めさせたいわけでもない。アイドルとファンの関係とはいえど、(48グループはお互いの距離の近さが特徴ですし)そこには人間的な結びつきがある。だからこそファンはメンバーの幸せを願ったりする…。

 ただ、ファンがメンバーを(具体的な形で)応援できるのは、彼女たちがアイドルである間だけ、お互いの夢が一致している間だけです。たとえば、卒業しちゃった日置さんやみっきーの夢を、ボクが(具体的な形で)応援することなんて出来やしない。どれだけ幸せになって欲しいと願っていたとしてもね…そこがトモダチとファンとの決定的な違いです。だから、「何とか踏ん張ってくれ」ってのは、ボクの願いです。

 もちろん、応援したいから辞めないで欲しい、アイドルで居て欲しいってのは、ある意味でもっとも利己的な考え方かも知れません。それで彼女たちを縛ってしまうとすれば、それはとても悲しく寂しいこと。

 だからこそボクは、アイドルが応援して欲しいと願い、ファンが応援したいと願う…その両者が一致すること、お互いが同じ夢を見ることを何よりも望んでいますし、誰がどこを向いているか分かんないような状況には、一言、言いたくなってしまうのです。
(だから、いつだかの須田ちゃんや梅ちゃんの言葉はすごく嬉しかった)

 それでもやっぱり、アイドルってのは学校の生徒みたいなもんです。最後にはみんな居なくなってしまう。何年か経って学校の景色は同じように見えたとしても、最初に居た子はもう誰も居ない。そして、ヲタはなぜだか地縛霊のようにずっとそこに取り残されている。どうしてもそれに耐えられなくなったら、自身もヲタを辞めて現世に帰るしかないのです。

 …

 未だに、日置さんの卒業を受け入れられない自分がいる…



SKEガイシコン初日(4/13)組閣:YouTube↓
(ちなみにボクはちゃんとDVDを持ってます)

その時の記事(最後に日置さんに触れています)↓

日置さん卒業発表(5/9)の時の記事↓