NHKスペシャル「沢木耕太郎 推理ドキュメント 運命の一枚 ~"戦場"写真 最大の謎に挑む~」(ロバート・キャパの≪崩れ落ちる兵士≫についてのドキュメンタリー)を見ました。
正直、まったくお話にならない。まあ、良くもこんな児戯に等しいものをドキュメンタリーとして放送するもんだと思う(NHKの番組は、時に、あまりにイデオロギー臭くて見れたもんじゃない時があるけれど、それはともかく)。
あらかじめ断っておくと、ボクは≪崩れ落ちる兵士≫が、「絶対に嘘ではない」とは思っていない。それどころか、むしろ、「かなり怪しい」とさえ思っている。それを含めてもなお、キャパというのは凄い写真家だとも思う。でも、これはそういうレベルの話じゃない。
この番組は、CGや最新の技術を用いて、いかにも「実証的」にやっているように見せている。けれど、実際に彼がやっているのは、まったく実証的なことではない。
たとえば、≪崩れ落ちる兵士≫と、(43枚の内の)「もう一枚の写真」、共に「特徴的な2本の茎」があるから、「ほぼ同じ場所」の写真だと断定している。だけど、そんなもん、その丘に無数に生えている草だよ。しかも、その特徴ってのが、草自体に(傷とか)何か特徴がある、というわけではなく、「2本の草の伸び方」…それで、その2枚の写真の「背景の山の稜線が違う、なぜだろう?」…って、そりゃ違うよあんた(;一_一)
そんで、CG処理して分析した結果、2枚の間の距離は1.2mだってことになった。まあ、それ自体、そこが同じ場所だという(「2本の茎の伸び方」)仮定のもとに生まれた結論だから、大して意味はないんだけど。
そこからさらに、「その2枚が立て続けに撮られたもの」、さらに(もう一枚の写真に写っている人が画面外に走り去るまでに掛かるであろう時間を算出して)「その2枚の間の撮影間隔は0.86秒」…「その当時では、そんな短時間で連続撮影するのは不可能」。だから、「その2枚は別々の人が撮った」(すなわち、キャパとタロ-)。
…って、いかにも演繹的に見せてるけど、その基になっているのは「2本の茎の伸び方」だよ。どうしようもないよ、こんなもん。しかも、CGで見せていた、「もう一枚の写真」から≪崩れ落ちる兵士≫までの、被写体(兵士)の動きが、もんの凄く不自然だったんですけど。どうやったら、あんな風に倒れられるのよ…(;一_一)。
しかも、「時間的に直後」だっていう想定自体には、「2本の茎」どころか、何の根拠も与えられてない。もう一枚の写真に写っている兵士の背後で、倒れているらしき人影が僅かに見えるから、それが、そのまま直後に、≪崩れ落ちる兵士≫の場面に「なったんじゃないか」、という推測だけ。
大体、ボクが以前読んだ(Guardianかな?)記事では、あれは何度も倒れたことになってたよ(≪崩れ落ちる兵士≫はその内の一枚)。だって、仮にあれが演習だとしたら、その方が筋が通るじゃない。だから、そもそも、2枚の写真が連続してるって仮定自体が大間違いなんじゃないの。
まだある。距離に関して、もうひとつ下らない話があって、それは、被写体(兵士)とカメラマンの間の距離が「5m」って分析。でも、その分析が何に基づいているかと言うと…被写体の身長が「165cm」って推定。どこから出てきたの、その数字。そもそも、この兵士が誰かすらも特定されてないってのに(「フェデリコ・ボレル・ガルシア」って説はあったけど、のちに否定する説が出た。ガルシア自体の身長も不明だし)。
そんでさ、これまた滑稽なんだけど、この「5m」って数字から、さらに、次のような(インチキ)結論が導きだされる。「≪崩れ落ちる兵士≫の(Moma版)プリントは、この距離からキャパのライカで撮影して得られる筈のものよりも、上に5%余っています」だって。つまり、「キャパのライカには、この構図は収まりきらない(タローのローライフレックスなら収まる)」。だから、この写真は「タロ-が撮りました」とさ。
だからさ、それもいかにも実証的に見える(いや、見えない)けれど、良く考えると(いや、良く考えなくてもなんだけど)、それのもともとの根拠は、被写体の身長が「165cm」って、何の裏付けもない数字なんだよね。
0にいくら掛けても0にしかならんのよ。だいたい、「ローライフレックスなら収まる」って、収まり過ぎなんだ。余白がこ~~んなに余ってたよ!←心の叫び(笑)。それを「ライカのサイズに合わせてトリミングした」って、どんだけトリミングしてんだと。
もう、ここまで来たら言っちゃおうか?あんた、バ○か。
…失敬。<(__)>
その後も、「≪崩れ落ちる兵士≫を、キャパが撮っていなかったとしたら」、という仮定(想像)に基づいて、勝手に話を進めていたけれど、彼はなんか、必死で砂上の楼閣を作っているような気がする。そんなもん、近所の砂場か砂浜でひとりでやってくれと。もうそこにはキャパはいないよ。
去年の春休みに沢木さんは集中的に読んだけど、最初に読んだ『危機の宰相』『テロルの決算』以外はほとんど評価できないね。むしろ、どんどん劣化していってる気がするよ。(ドキュメンタリーの)被写体の心理に入り込んでいくってスタイルは、もう現代では通用しない。とりわけ、基礎付けがしっかりしていない場合はね。彼はもはや、小説家になるべきだね。
あ、そうか…だから、「推理」ドキュメントなのか…(* ̄艸 ̄)
(つまり、ここでドキュメントされているのは、ひとりの「ドキュメンタリー作家」が、「推理小説家」に堕していくという物語だったってこと…うむ、どうも最近のボクは自分の言葉を説明しすぎだな…)
(沢木説の)あらすじがここに出てた…↓
(ページ下部の「謎解きをさらに読むには右の[表示]をクリック」ってやつね)
しかし、このWikiの記事、このドキュメンタリーを見てそのまま書いた作文みたいになってんな…(;一_一)