少し長い話…(下川みくに) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


"The Flower That Smiles Today"
by Percy Bysshe Shelley

The flower that smiles today 今日ほころぶ花も
Tomorrow dies; 明日には枯れ
All that we wish to stay 私たちがとどまれと望むもの全てが
Tempts and then flies; こころ惑わし、そして飛び去る
What is this world's delight? この世の歓びとは何か。
Lightning, that mocks the night, 夜を嘲る稲妻か
Brief even as bright.― だが輝きは一瞬

(中略)



1.「下川みくに」

 「AKB」と「おニャン子」の間に挟まれて、ほとんど忘れ去られていますが、かつて、「チェキッ娘」というアイドル・グループが存在していました。秋元さんが関わったアイドル・グループは数多いですが、ボクは(AKBというよりはむしろ)、「チェキッ娘」世代と言っても良いかも知れません。

 下川みくにさん(以下みく)は、AKBのお姉さん格である、この「チェキッ娘」の一員でした。実際、彼女とボクとは生年月日が一週間程度しか違いません。そんなこともあって、ボクは最初から、みくに、そこはかとない親近感を覚えていました。

 みくには資質がありました。「チェキッ娘」解散以前にグループを卒業すると、歌手としてソロデビューを飾ったのです。とは言え、みくの歌手としての資質は、完璧なものではなかったかも知れません。この頃のオリコン(シングル売り上げランキング)を見てみると、デビュー曲で30位を記録したみくは、それ以降、このラインを越えることなく、30位から50位の辺りをウロウロしています。

 この頃の彼女は、「しんドルパーラー」というラジオ番組で、DJを努めていました。彼女はまた、DJとしての資質にも恵まれていました。明るくフレンドリーな語り口で、リスナーを魅了したみく。当初は番組内の1コーナー担当でしたが、やがて番組全体のDJとしてやっていくことになるのです。ボクは、この「しんドル」という番組が大好きでした

 当時、人気絶頂だった「モーニング娘。」の安倍なつみさん、明らかに何か特別なものを持っていた内山理名さん、「メロン記念日」柴田あゆみさんなどのコーナー。さらにゲスト(あるいはゲスト・パーソナリティ)には、神戸みゆきさんや大谷みつほさん、福井裕佳梨さんを初めとして、ホントに個性豊かなアイドル達が登場しました。

 この番組は、ボクのアイドル好きの原点と言えるものかも知れません。ボクにとっては、「宝物」のような番組でした。ボクは今でも、あの神戸さんの元気一杯の声をありありと思い出すことができます…(2008年6月18日は、ボクがアイドル・ファンをやってきて、もっとも悲しかった日です)。

 そんな「しんドル」も、2003年までにはTOKYO-FMでのネットが終了し、東京近郊では聴くことができなくなりました。この頃、みくは新たな方向性を見つけ出していました。「アニソン」です。

 アニソンのカヴァーや「アニぱら音楽館」への出演などを通じて、徐々にアニソン界に浸透していったみくは、やがてこちらの方面で名が知られるようになりました。アジアにも積極的に進出し、2009年に出したベストアルバムはJ-POP・K-POP部門「2009年度香港ベストセールス大賞」に選ばれたのです(wiki)。

 そんなみくが「結婚する」というニュースが流れたのは丁度1年前でした。その時のボクの反応がtwitterに残っています。↓

<小山剛志>個性派声優が歌手の下川みくにとバレンタイン婚 ブログで発表(まんたんウェブ)・・・おお!みくが結婚した・・・!なんだか、同世代の仲間が結婚したみたいで、うれしいよ。おめでとう♪2012年02月15日)

 なんか、このニュースを聞いた時、ボクは、ホントに嬉しかったのです。なんか、仲間が幸せを掴んだみたいでホントに嬉しかったのです。



2.「かげろう」

 なぜ、こんな話を長々としたのか。それは言うまでもなく、ここ数日、話しているアイドルという概念に関わっています(ここでの議論は、女性アイドルに限定されたものになっています)。ボクは、ボクが応援してきた全てのアイドルに幸せになって欲しいと願っています。それは間違いない。そして、その幸せが何かは、それぞれが自ら決めるものです。

 アイドルというのは、ずっとやっていけるものではありません。そういう意味では、それは踏み台とも言えるものなのかも知れません。ボクは、かつて相武紗季さんが20歳の節目に、「もうこれで(グラビアのお仕事は)終わり、みなさんは私が終わりと思ったものを見ているわけです」と言っていたことを思い出します。それは、ある意味、「アイドル卒業宣言」として受け取ることが出来るでしょう(もちろん、グラビア=アイドルではないのですが)。
 
 …まあ、相武さんの言い様は、余りに身も蓋もなくて、あまり好感の持てるものではありませんでしたけどね。でも、ボクはそれでも良いと思っています。たしかに、ボクらが支えられるのは、彼女たちの長い人生からすれば、ほんの一瞬でしかない。

 あるいは女優と呼ばれ、歌手と呼ばれ、モデルと呼ばれる人たち(あるいは女子アナ)。時にアイドルとごっちゃにされがちな、これらの人々は、アイドルと明確に区別することが出来るとボクは思っています。

 「Artist」が、まさにその語源のように「技術を持った人」であるならば、女優は演技、歌手は歌という技術を持った人ということになります。しかし、アイドルというのは、もともとArtistではあり得ません。アイドルであるための要件に、技術は求められないのです。

 つまり、女優なら演技、歌手なら歌、モデルなら容姿/ファッション・センスといった能力で道を切り拓いていくのに対し、アイドルというものは、ファンに支えられて生きていくものです(一方、女子アナは放送局に寄り添って生きていくもの)。

 たしかに、アイドルとして成功を収め、結果的に、その資質が認められる(そして技術が鍛えられていく)人もいます。でも、基本的に、アイドルというものは、技術によって(自分の腕一本で)生きていくような「強い存在」ではありません。

 ボクが、仲里依紗さんの発言(「恋愛禁止ってかわいそう」)に違和感を抱くのは、(それが、「価値観の押し付け」だからというのもありますが)それが、「強い人」の発言だからです。たしかに、仲さんには「演技の才能」があります(仲さんの演技の評価については、以前ちらっと書いてます→http://blogs.yahoo.co.jp/flowinvain/32261435.html)。

 スキャンダルがあろうがなんだろうが、「仲さんを使いたい」って監督/プロデューサーさんは沢山いるでしょう。彼女は、それだけの「力」を自ら持っている人です。でも、多くのアイドルはそうではありません。逆説的ですが、アイドルというのは、(アイドルであるということそれ自体によって神聖であることを除いては)普通の存在なのです。

 ですから、彼女たちは、「アイドル」という聖性を自らに帯び、ファンに支えられることによって、その力でもって、芸能界に切り込んでいきます。したがって、アイドルの力というものは、人気というものとほぼイコールです。あるいは知名度や好感度と言ってもいいような曖昧なもので判断されてしまうのもまた、いわゆる「芸能界」というもののひとつの姿です(そして、何度も書いているように、この聖性は恋愛禁止と密接に関わっています)。

 こうして、技術(Art)を持たない人が、ファンに支えられて「演技」や「歌」の世界を制覇していく。これに対する嫌悪感というのは、ボクも、それなりに理解できます。しかし、技術がないからと言って、即、それが価値がない、ということにもならないのです。時にアイドルは、一人の「女優」や「歌手」が10年かかっても表現することが出来ないようなもの(=美しい瞬間)を、一瞬で表わしてしまうことがあります。

 その価値は、詩人リルケが述べていることにも相通じるものかも知れません。すなわち、「乙女たちだけは、詩人へと通じる橋がどれかなどと尋ねなくて良いのです」(Nur die Maedchen fragen nicht, welche Bruecke zu Bildern fuehre.)-Rainer Maria Rilke

 でも、これを継続して表わすことが出来ないのもまた、アイドルなのです(なぜなら、それは技術ではないのですから)。ゆえに、こうした価値は認められにくいものです。アイドル・ファンであるということは、一面で、こうした価値の支持者であるということをも意味します。

 しかし、大島優子さんが言うように、「花はいつか枯れます」。いつまでもアイドルであることは出来ません。ファンに支えられて名前を売り、それなりに芸能界で生き残っていく人もいるでしょう。その一方で、普通の女の子として、市井で残りの一生を送る人も居るでしょう。そして、大抵の場合は、その消息すらも(2度と)分からないことが多いのです(かつてのファンに出来ることは、彼女が幸せになってくれていることを願うことのみなのです)。

 いずれにせよ、いつかは、ファン達の手から離れる日が来るのです。アイドルというものは、過ぎ去っていくものです(そして、ボクらは、過ぎ去るものの内に、永遠を見出します)。

 アイドルがアイドルである内は、その幸せは(多かれ少なかれ)ボクらの幸せと一致しています。アイドルがアイドルであるということは、夢と幸せとがファンのそれと一致しているということを意味します。そして、いつか彼女が結婚したならば、「その人」の夢を守り、幸せにし、支えていく権利は、全て旦那さんのものとなります。

 …で、何が言いたかったんだっけ…そうそう…みくが結婚したことを、ボクが心の底から嬉しく感じたということです。みくはいつまでアイドルという自覚でやっていたんだろう…「チェキッ娘」の時か、それとも「アイドル歌手」だった頃までか…いずれにしても、ボクが嬉しく感じた理由。それはね、たぶん、ボクらが(彼女から生きるエネルギーをもらいながら)、みくの幸せに、ほんの少しでも寄与できたような気がしたからなんです。

 みくが実際は、「腕一本」だけでやっていけた人なのかどうか、それは今となってはもう分かりません。でも、少なくとも、みくは、「アイドルとして」芸能界に入ってきました。それで、紆余曲折を経て、アニソン界でそれなりの成功を収めて、そしてそこで声優さんと出会い、結婚した。長い長い人生の内のほんの一瞬かも知れないけれど、ボクらが彼女を応援することで、(ファンを大切にしてくれた)彼女の幸せに、ほんの少しでも寄与できたような気がしました。そして、そのことが他の何より、彼女のファンで良かったと思えたことだったのです。



Whilst skies are blue and bright, 空が青く輝く間
Whilst flowers are gay, 花が鮮やかな間
Whilst eyes that change ere night 夜の前に変わる目が
Make glad the day; 昼を喜ばせる間
Whilst yet the calm hours creep, まだ落ち着いた時間がゆっくりと進む間
Dream thou - and from thy sleep あなたは夢を見て-そして眠りから
Then wake to weep. 覚めて泣く。

シェリー「今日ほころぶ花も」
『シェリー詩集』アルヴィ宮本なほ子編、岩波書店、2013年