「客観的事実は主観的事実の総和ないしその平均として存在する」
個々の主観的事実の分布を見れば、客観的事実の輪郭がおぼろげながらも見えてくる。客観的事実とは、もともと、そのような不明瞭/不確定のものだ。しかし、それを認めたとして、その分布を見る視点は、いったい、何処に設定されているのだろう。結局、それもまた主観に回収されてしまうのではないだろうか。だから、ここには、スタティック/静的なものよりは、もっと流動的な、ダイナミックな図式を考えなければならない。
全体の分布なるものが把握できないとしても、その個々の視点からは、個々の主観的事実の濃度を観測することが出来るだろう。これはつまり、地球から宇宙を観測するようなものだ。ここから見える星々(主観的事実)の濃度や彼我の距離、相対速度が分かれば、宇宙全体(客観的事実)の構造も見えてくる。観測する星々の濃度や距離、相対速度が変われば、(我々が想定する)宇宙全体の構造も変わる。客観的事実もまた、そのようなものではないか。