世界は大きくて豊かだし、人生はまことに多種多様なものだから、詩をつくるきっかけに事欠くようなことは決してない。しかし、詩はすべて機会の詩でなければならない。つまり、現実が詩作のための動機と素材をあたえるのでなければならない。ある特殊な場合が、まさに詩人の手にかかってこそ、普遍的な、詩的なものとなるのだ。私の詩はすべて機会の詩だ。すべて現実によって刺戟され、現実の根拠と基盤をもつ。根も葉もないつくりものの詩を私は尊重しないのだ。
現実には詩的な興味が欠けている、などといってはいけない。というのは、まさに詩人たるものは、平凡な対象からも興味ふかい側面をつかみだすくらいに豊富な精神の活動力を発揮してこそ詩人たるの価値があるのだから。現実は、そのためのモティーフを、表現すべきポイントを、本来の核心を、あたえるのでなくてはならないが、さてそれから一つの美しい生きた全体をつくりだすのは詩人の仕事だ。
『世界の詩論:アリストテレスからボヌフォアまで』p.76