木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(増田俊也) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


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『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』
増田俊也
(新潮社、2011年)
 


内容紹介
 昭和29年12月22日----。プロ柔道からプロレスに転じた木村政彦が、当時、人気絶頂の力道山と「実力日本一を争う」という名目で開催された「昭和の巌流島決戦」。試合は「引き分けにする」ことが事前に決められていたものの、木村が一方的に叩き潰され、KOされてしまう。まだ2局しかなかったとはいえ、共に生放送していたテレビの視聴率は100%。まさに、全国民注視の中で、無残な姿を晒してしまった木村、時に37歳。75歳まで生きた彼の、人生の折り返し点で起きた屈辱の出来事だった。柔道の現役時代、木村は柔道を殺し合いのための武道ととらえ、試合の前夜には必ず短刀の切っ先を腹部にあて、切腹の練習をして試合に臨んだ。負ければ腹を切る、その覚悟こそが木村を常勝たらしめたのである。約束を破った力道山を許すことができなかった木村は、かつて切腹の練習の際に使っていた短刀を手に、力道山を殺そうと付けねらう。しかし、現実にはそうはならなかった......その深層は? 戦後スポーツ史上、最大の謎とされる「巌流島決戦」を軸に、希代の最強柔道家・木村政彦の人生を詳細に描く、大河巨編!!(Amazonより)

出版社からのコメント
 『ゴング格闘技』誌上において、2008年から2011年まで、約4年間にわたって大反響を呼んだ長期大型連載が、待望の単行本化です。戦前、史上最年少で「全日本選士権」を制し、1949年に優勝するまで一度も負けず、15年間、不敗のまま引退。木村政彦は間違いなく日本柔道史上、最強の柔道家です。また、力道山戦の3年前、ブラジルに遠征し、ホイス・グレイシーの父、エリオの腕を骨折させて圧勝、その技が「キムラロック」として、世界に定着しており、総合格闘技の父ともいえる存在です。「鬼の柔道」を継承した師匠・牛島辰熊、そして自身が育て上げた岩釣兼生、三代続く師弟関係を中心に、戦前から戦後の柔道正史、思想家でもあった牛島による東條英機暗殺未遂事件の真相、プロレスの旗揚げなど昭和裏面史の要素もふんだんに織り込んだ、長編ノンフィクションです。著者の増田氏は、この作品を書くために、18年もの歳月を費やし、資料収集と取材にあたってきました。ボリュームある装丁ですが、増田氏の丁寧で真摯な取材と文章が、最後まで読む人の心を掴んで離しません。ぜひ、多くの皆様に読んでもらい(以下文字化け/Amazonより)



感想
 ボクは柔道にもプロレスにも詳しくはない。でも、この本は、あらゆる文脈をきちっとおさえてあるから、そんなことは全く問題にならない。これは、すごい本だ。連載という形態を取っているために、迂遠だったり、くどかったりするところはある。でも、それは本質的なことじゃない。このドキュメンタリーは、吉村昭さんの戦記物にも通じるような構造を、いくつか持っている。

 まず、何よりも、「木村政彦側から書いている」とはっきり明言していること。視点は明確である。少なくとも、自身の立ち位置からは、この事象はこう見えるということ、これをはっきり意識して書いている。これは誠実なやり方だと思うし、フェアだとも思う。真に客観的・中立的な立場など、歴史記述においては、そもそも有り得ないのだから。しかし、これだけ徹底的に調べていれば、それはそれで、それなりの説得力を持つ。いまや、歴史記述(ドキュメンタリー)とは、こういう形しかありえんのだとボクは思う。そうでなくては、フィクション(お芝居)になってしまうのだから。

 筆者のこの誠実さは、素材に対する扱い方にも現れている。取材して得た素材(証言)を、出来るだけ手を加えずに出している。筆者が思い描いていたストーリーがあるとしても、素材がそれを裏切るならば、その素材を尊重する。色んな人が、さまざまな虚像を語る。しかし、それに優先順位をつけるのではなく、等価なものとして、ありのままに載せる。そのことで、ぼんやりとした輪郭が見えてくる。演繹というより帰納的と言うべきか。

 だから、このドキュメンタリーは、(表題から連想するような)単線の物語にはなっていない。要約できるような、はっきりとしたストーリーを持っていない。「なぜ」のその部分にも、実は答えられていない。とりわけ、後半において、作者自身が迷っている。物語的構図が解体されていく。逆に言えば、だからこそ、語れている。現代においては、それでなくては、歴史は語れんのだと僕は思う。

 それはまた、自身が作った台本に、自身が集めた情報で立ち向かっていくという構図にも見て取れる。それは執念のようなものかも知れない。この台本を疑うという姿勢は、まさに、台本を破った力道山と、生まれついての勝負師でありながら台本の世界(プロレス)に踏み込んでいき、そしてその結果、「勝負」に敗れた木村政彦という、このドキュメンタリーの肝となる部分に重なっていく。

 ゆえにこそ、この本でもっとも心に突き刺さる言葉は、「木村政彦は負けたのだ」という一文なのだ。それは、あれほど精神的にも肉体的にも強かった木村政彦が、自らの衰えと油断によって負けたということと同時に、筆者が十数年の歳月をかけ、執念をもって取材してきても、最終的に揺るがせられないものがそこにあるという残酷さが、胸を打つのだ。このドキュメンタリーは、プロレスの台本(とりわけ巌流島決戦の台本)を開示するが、それと同時に、この本自体の台本をもが開示されていくという構造を持っているのだ。

 そしてまた、その過程において、昭和のきな臭い部分。歴史というものの胡散臭さ。正史の裏側にあるもの。こうしたものの闇の深さが明かされていく。いや、明かされていくという言葉は、相応しくないかも知れない。ボクらが当たり前のごとく受け取っているもの、格闘技には詳しくないとしても、漠然とそうしたものとして受け取っているもの、その根底が揺るがされる。その根底が、どれほどダーティな部分を宿しているかということに気付かされる。

 このドキュメンタリーは、そうした既存の「歴史」を疑うということを、その出発点に持っている。かの吉村昭さんが、戦記を執筆した時に意識していたのは、終戦後に言うことがガラッと変わった大人たちだ。吉村さんは、既存の「歴史」というもの(誰かによって描かれたもの)を、絶対的なものだと見なしていない。この筆者もまた、その点は通じるところがあるのだろう。だからこそ、この両者のドキュメンタリーは、視点を明白にして、徹底的に素材を集め、その素材を忠実に扱うというような、誠実なものになっている。自身のものをこそ、絶対的なものとして提示するような傲慢さは、そこには微塵もない。

  なにより、ただの人間ドラマに逃げないで(安っぽい感動に逃げないで)、きちんと技術的な考察を積み上げていることが、より大きな感動に結びついている。これは、ひとりの男の、人々の想いが交差したある出来事の、そして、ある競技の、昭和という時代に生きた人々の、そして、その時代背景そのものの、ドキュメンタリーとして、珠玉のものである。

☆☆☆☆☆(5.0)



追記…
 Amazonさんで、この本に出てくる数字が「客観的事実」に反するから信憑性に欠けている、というようなレビューを見かけたのですが、ボクは「それはちと違うんじゃないかな~」と思います。たとえば、このレビュアーの方が挙げていたのは、バーベル上げの数字。何でも、この方の大叔父さまが木村政彦と同じ牛島塾出身らしく、その大叔父さまが残された日記の数字が50kg+83kg、一方で著者の増田さんは(取材の結果)250kgという数字を挙げています。で、このレビュアーの方は、木村自身の著書(に何が書いてあるのかは分かりませんが)にも一致するとして、自身の数字を「客観的事実」とする一方で、増田さんの挙げる数字を間違っている(主観的なもの)とします。

 でも、ボクに言わせれば、それは余り意味が無い。もちろん、「客観的事実」を追い求める試みが無駄だとは思いませんが、ここでも述べているように、なにかを「正」、なにかを「誤」とする歴史記述は、もう機能しないのです。情報にあふれる現代、民主制が根付いた現代では、統計的に歴史を記述するしかない。もはや、誰かが、その権威/力でもって「正史」を描くという時代ではないのです(そもそも、客観的事実なるものは存在しない…というより、それは主観的事実の積み重ねによってのみ得られるものなのです)。だから、むしろ、著者の増田さんは、この方の持っている日記を見せてもらうべき…と言うか何というか、彼のやっていることは、そもそも、そういうことなんです。相互に矛盾する情報を、共に載せている。その状況において、(このレビューの方のように)自身の知っている情報と違うから間違っていると批判するのは、どうも筋が違うのではないかと。

 ただ、このレビュアーの方が書いていることも、少し理解できるところがあって、それはエピローグの部分です。あの部分は(詳しくは書きませんが)著者さんの想いが先走っている印象があって、ボクも疑問を覚えました。もともと、この本は(上でも書いているように)物語的構図が解体されていくところに凄みがあります。そうした時に、最後をどうやって纏めるか、起承転結の結の部分をどうやって描くか、それが、起承転の部分が解体されているので、難しかったと思うのです。むしろ、ムリヤリ纏めない方が良かったなという感じもしましたね。