衆院選2012<5>緩慢なる死 | 想像上のLand's berry

想像上のLand's berry

言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


今回の記事はあちこち飛び火するかも知れませんが、ご自身で処理してください<(__)>



「衆院選2012<5>緩慢なる死」

 これは、どうしたことでしょう。絶望的な状況です。空は晴れているというのに、陽気はポカポカ心地良いというのに、投票率が上がらないのです(14時現在で前回より7%強ダウン)。あれはいったい何だったのでしょうか。原発…税制…安保…ボクらは、あれほど身に染みた筈だというのに。いったい全体、ボクは夢でも見ていたのでしょうか。

 たとえ、共産党に投票しようが、社民党にしようが、それは(ボクは)一向に構いません。それは、その人の考えなのですから。だけど、投票に行かないなんて人たちは、いったい何を考えているのでしょうか。ボクには、それがどうしても理解できません。彼らには、議論する資格すらありません。だって、田原(総一郎)さんの言葉を借りれば、「そういう人は、どうでも良いってことでしょ」ということになるからです。

 意見が異なってもボクは構いはしません。意見の違いは、徹底的に議論をすれば良いのです。それで対立を解消できるとは限りませんが、少なくとも、より相手の立場にも理解が深まるでしょうし、妥協点を探ることも出来るでしょう。だけど、意見を言わない人間とは議論できません。彼らは、自分の頭で考えることを放棄したのと同様なのですから。

 「衆院選の投票に行きますか?」というYahoo!さんのリサーチで、「行かない」と答えた人の回答では、「政治(家)を信じられない」「どうせ変わらない」「期待できる人がいない」といったものが大半でした。ボクは、それを読んでいて鬱々とした気分になってきました。だって、それらは、選挙に行かないということの理由になんてならんからです。

 それは、政治不信なんてものじゃない。盲信そのものです。だって、それでも生きていけると思っているのですから。「原発がどうなろうが、税制がどうなろうが、安全保障がどうであろうが、別にどうでも構わん。勝手にやってくれ」。彼らの行動は、(自分の意思はどうであれ)結果的には、そういうことになってしまうのです。

 「政府は信用できないから、自分の力で生きていく」。それなら、小さな政府指向の<みんなの党>にでも投票すれば良いのです。「争点が見えない」。だったら、自分で見つければ良いのです。「違いが分かりにくい」。だったら、勉強すれば良いのです。「誰にも期待できない」。それだったら、自分が立候補するべきです。「選挙システムそのものすら信じられない」のなら、革命を起こすべきです。変わらない?それは嘘です。あなたが変えようとしていないだけです。

 そもそも、政治というのは綱引きです。色んな人の要求のバランスの上に成り立っているものです。そう簡単に自分の思い通りの方向に変えられるものではない。単純に劇的に変えようとすれば、まさにナチのように、あるいは、ロシア革命のように、ある権益を代表する人々を殲滅してしまうしかない。だけど、そんなことは出来んでしょう。そうした欲求に耐えねばならぬ。民主主義である限りは、それは、誰もが引き受けなければならない重荷です。政治は一朝一夕に変わるものではありませんし、変えていいものでもありません。

 それでも、一票は無意味ではありません。そのたった一票のために、どれだけの血が流れてきたと思っているのですか。エジプトで、リビアで、シリアで流れている血を見ても、何も感じないのでしょうか。いや、そもそもボクらのこの国だって…忘れてしまったのですか。たしかに、近代以降、この国で起きた革命は、2度とも米英によって起こされたものです。「民衆自身が何かを変えたことはない」。でも、それは、すり込みです。今の日本は、民主主義が機能している国です。変えようと思えば変えられる筈なのです。

 実際、変わったでしょう?政治が変わると思って政権党を代えたら、本当に変わってしまったではないですか。それも、より悪い方向にです。それは、とりもなおさず、国民の政治参加が失敗したということに他なりません。結局、民主党の失敗というのは、国民自身の失敗であったのです。国民は、自分たち自身の判断に自信を失ってしまったのかも知れません。

 しかし、それでも、(もちろん全てが変わったわけではないにせよ)政治は変わるのです。それを、より良い方向に変えたいと思うのならば、個人個人がより見識を広め、より考え、より自覚を持つ必要があるでしょう。政治は一朝一夕に良くなるものではありません。政治に魔法はないのです。

 芸能人の犯罪やらスキャンダルやら、どうでもいい殺人事件やらばかりが大好きなマスコミ。それは映し鏡のように、民衆そのものの下劣さを反映しています。この国は、緩慢な死を迎えつつあります。それは、政治家のせいでも、官僚のせいでも、マスコミのせいでもない。民衆自身が愚かだからです。

 力を持った連中は、その力でもって、政策に影響を及ぼします。投票しなければ、既得権益を持っている連中が得をするだけです。持たざるものこそ、投票に行かねばならんのです。これは、弱者のためのシステムです。投票にも行かず、それでいて、決められた税金だけは払う。それでは、まるで、搾取される一方の奴隷のようではないですか。

 奴隷が奴隷であるのは、どこかに奴隷という種族がいるからじゃなく、(我と彼とに)「奴隷である」というコミットがあるからです。それは、奴隷自身が声を上げなければ、打ち崩せるものではないのです。

Speak up!!