悲しいお知らせ1~世界最悪の修復に関するetc.~ | 想像上のLand's berry

想像上のLand's berry

言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


  悲しいお知らせです。その人は、Kieron Williamsonくん(10歳)と並び、現代美術界のニュースターになる筈でした。かたや幼さに見合わぬ成熟さの証として、かたや老いに似つかぬ未熟さの証として、人類そのものの可能性を証明する筈だったのです。「世界最悪の修復」と称えられたその作品は、およそ人の想像しうる限界を遥かに超え、まさに現代におけるイコンとして機能する筈でした。しかし、悲しいお知らせです。すべてはまやかしだったのです。

  なんてね。大仰な始まりをしてみたわけですが、ことの経緯はみなさんも大体ご存知だろうと思います。スペインのとある村の教会に描かれていた100年前の壁画が湿気によって剥がれてきてしまい、心を傷めた地元のおばあちゃん(Cecilia Gimenez, 1927-)が一人で修復を試みました。しかし、その「結果」は悲惨なものでした。一部では「世界最悪の修復」とも伝えられ、「純粋な善意も時に悲惨な結果を招く」という教訓とともに、世界中にニュースが配信されたのです(http://rocketnews24.com/2012/08/23/242799/)。気に病んだおばあちゃんは、不安で寝込んでしまったのですが、あにはからんや、その余りの下手さの衝撃によって、「修復」後の壁画の方が逆に大人気になってしまったのでした。これが日本のメディアが伝えている概要です。しかし、それは本当かと。

  まあ、何かとアートワールドに引きつけて考えるのは僕ら(美術史を学ぶもの)の悪い癖ですが、控えめに言って、これはなかなか興味深い事例だったわけです。壁画としての出来は明らかに修復前の方が良い。しかし、今やそれは、あのおばあちゃんの酷い画との比較によって語られるのみなのです。「芸術というものがインパクト重視、商業主義に陥っていく構図が良く表れている」ぼくはそう感じたのでした。結局のところ、あらゆる芸術は文脈から切り離して考えることはできません。たとえば、このおばあちゃんが単に自宅の壁に同じ絵を描いたならば、まったく何も話題にのぼることはなかったでしょう。職業画家による教会壁画という権威を壊してやってきたために、それは注目されたのです。

  これは美術史というものの本質を表しています。すなわち、「以前の芸術を壊しにやってくるものだけが、真の芸術と見なされる」のです(デュシャン以降、芸術定義において上手>下手という概念は意味を為さなくなりました。あるのはただ衝撃だけです)。もちろん、これは(おばあちゃんが行ったように)以前のものを実際に物理的に壊すという意味ではありません。しかしながら、おばあちゃんの行為はそうした美術史の本質をもっともラディカルに、そして無意識に現したものでした。修復という本来なら正反対の意味を持つ手段によって芸術を破壊してみせたのです。それが故に、これは現代における最高の芸術のひとつと見なすことができます(少なくとも美術史上は)。しかし、それは本当かと。

  そこで、ぼくは調べてみたのです…実際のところはどうだったのかと。

つづく…(前フリが思ったより長くなっちゃった( ̄◇ ̄;)>)


(蛇足:あ…言うまでもないとは思いますが、この記事はアートワールド、そしてあの「修復」を称賛する人たちを皮肉る意図で書かれたものです<(__)>)