ロンドン五輪女子サッカー:決勝
なでしこ 1-2 アメリカ
負けは負けです。
「頑張った」とか「銀でも立派」とか歯の浮いたような台詞、ボクはそういう言葉に怒りを覚えます。何でもかんでも物語にしてしまって、どうして負けたのか、どうして届かなかったのか、その分析がなおざりにされる。「頑張った」だの「健闘した」だの、そんな誰もが理解できるような、安っぽい言葉が宙を飛び交い、翌日には全てが忘れ去られて、また別のニュースに飛びつく。この国には未だ、本当のサッカー文化が根付いていません。
負けたのならば、批判を受けなければなりません。このチームの唯一にして最大のタスクは「金メダル」でした。なぜ、試合が終わった瞬間にその事実が忘れ去られることが許されるのでしょうか。なでしこの今回のタスクは「失敗」という結果に終わったのです。失敗したのならば、その理由が分析されなければなりません。ジャッジのせいにして誤魔化したり、甘っちょろい言葉でお茶を濁してはいけないのです。
準決勝の勝利後、佐々木監督は「気持ちの差が勝負を分けた」と述べました。ならば、決勝は「気持ち」が足りなくて負けたのでしょうか。そんなことを言っても意味がないでしょう。そんな言葉はナンセンスですし、相手に対しても失礼です。結局、彼は大会を通じてチームをアジャストすることが出来ませんでした。最後に投入された丸山のプレーぶりが全てを物語っていました。戦術よりも「気持ち」を優先する監督の限界がそこにはありました。彼の「運」が尽きた時、勝利もまた手を繋いで去っていったのです。
失点の場面はどちらもなでしこの右サイドから崩されたものでした。以前の記事でも繰り返し述べていますが、右サイドで孤立し続ける宮間は中央に寄ってきてしまい、自分のサイドを空けてしまうのです。守備の最初の一手で後手を踏むことによって、ボランチが不利な状況で対応することになり、結果的に致命傷を負うことになりました。何のための宮間右だったのか、いまだにボクには理解不能です。攻撃に関しても、宮間は自分では突破できませんから、近賀がフォローする必要があります。右が上がってしまうと、バランスを保つために、左の方は上がることが出来なくなります。
このチームで鮫島を左サイドバックとして使っているのは、彼女の攻撃力、フィード能力に期待しての筈です。ところが、右が上がってしまう展開では何のために左に鮫島を使っているのか分からなくなってしまいます。チームコンセプトというものが統一されていなかったのです。ボクはかような非論理的なチームが好きではありません。
なでしこは前半、左サイドからチャンスを作っていました。川澄は相手の右サイドバックに対して優位を保っていましたし、あそこには可能性があったのです。しかし、なでしこはそこを徹底してつくことが出来ませんでした。なぜか?右が上がってしまうからです。結果的に右サイドの崩しから一点を返したのですが、逆に言うと、一点しか返せなかったのです。
相手の弱点をつけなかったこと。自らが勝てるポイントを使えなかったこと。なでしことアメリカの差はそこにありました。アメリカは、ワンバックには徹底的に上を、モーガンには徹底的にスペースを狙わせていました。それが、彼らが勝てるポイントだったからです。そして、なでしこの意識がそこに集中したところをロイドに衝かれたのです。いずれの失点でも、モーガンに数選手が引っ張られていました。彼らは非常に論理的なチームでした。
ビハインドの状況、とりわけ二点を追いかけなければいけない状況ならば、何よりもチャンスの数をどれだけ作れるかが鍵を握ってきます。一点を返した時、なでしこは勢いに乗っていました。準決勝で延長戦まで戦ったアメリカは、明らかに疲労の色が濃く、また、二点を先制したことで、気持ちが後ろ向きにもなっていました。モーガンという圧倒的なスピードを持った選手が前線にいることでカウンター志向が強かったことも一因でしょう。
引いてしまうアメリカを相手に、なでしこは押し込む状態を作ることができました。これならばチャンスを作ることができます。なでしこの唯一のゴールは宮間のキープから大野が飛び出し、そこから澤ー大儀見と渡って生まれたゴールでした。この後、なでしこはさらに勢いに乗る筈でした。しかし、それに水を掛けた人物がいました。佐々木監督です。
もちろん、彼にすべての責任があるとは言いませんし、ビハインドの状況ではいずれにせよ賭けなければなりません。結局、彼は賭けに敗れたわけですが、賭けたこと自体は正しかったと思います。しかし、その賭けかたは非常にまずいものでした。鮫島に代えて岩渕。ボクは、岩渕の投入自体はあり得るべしと思っていました。しかし、鮫島というのは馬鹿げています。結局、鮫島のポジションに川澄を下げ、大野、大儀見、岩渕の3人で前線を構成するような形になったのですが、これは相手に塩を送るようなものでした。結論から言えば、大野か川澄を諦めなければならなかったのです。大野も川澄も岩渕もというのは、二兎を追って一兎をも得ずという結果に繋がるものでした。
まず第一に、ビルドアップに優れた鮫島がいなくなったことで、前線に有効なパスが入らなくなりました。第二に、選手の配置を変えたこと、しかも試したことのない布陣に変更したことによって、むしろ味方に混乱が生じました。実際、慣れないポジションに移った川澄はミスを連発し、味方のリズムを壊したのです。この選手交代後、なでしこは明らかにリズムを崩し、ボールを拾うこともできなくなり、チャンスを作る機会が激減しました。第三に、チームでもっとも高い決定力(なでしこリーグ得点王)を誇る川澄を相手のゴール前から遠ざけたことです。
岩渕は確かに優れた選手です。そのドリブル能力はなでしこ随一と言っても良いでしょう。激しいチェイシングからボールを奪い、そのままシュートにまで至った場面は、岩渕を投入したのち、ほぼ唯一のチャンスでした。しかし、あれを決められないのが岩渕という選手でもあります。相手のGKを褒める声もありますが、そうは思いません。問題だったのは、ボールを奪ったのちの最初のドリブルです。あのドリブルは、もっとグッと突っかけるべきでした。相手のディフェンダーの一歩前に身体を入れることが肝心だったのです。前に入ってしまえば、相手ディフェンダーはファールで止める以外にはどうしようもありません。しかし、岩渕は慎重にドリブルする方を選びました。結果、最後の瞬間に相手ディフェンダーに寄せられ、シュートコースが甘くなってしまったのです。あれは、彼女の判断ミスです。それが、決定力というものの中身のひとつです。
丸山に関しては言うまでもないでしょう。ロクに走れもしないような選手を18人という限られた枠に選んでいた時点で、なでしこの命運は尽きていたのかも知れません。仲良しグループでは勝てやしないのです。大野に代えて丸山?あまりにもバカげた交代でした。結局、なでしこは自らの交代策によって墓穴を掘ったのです。
なでしこがやるべきことは、ディフェンスラインを高く保ち、こぼれ球を拾い、相手に息をつかせないようにプレーをし、そうすることによって、チャンスを数多く生み出すことでした。しかし、実際に監督が打った手は、それとは正反対のものでした。守備も出来ず、守備のポジショニングも弁えていない川澄をディフェンスラインに下げ、ボランチやセンターバックに余計な気を使わせた上、ロクにチェイシングも出来ない丸山を投入して、相手に余裕を与えたのです。こうして、なでしこのゴールチャンスは勝利と共に去っていきました。
負けるチームにはそれだけの理由があります。失点にも理由があり、同点に追いつけなかったことにも理由があります。それは「運」や「気持ち」だけでは片づけられない物です。