2012年4月 | 想像上のLand's berry

想像上のLand's berry

言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


 いつかの雨の痕跡を今日の雨が拭い去る。多摩川の河川敷を列車が通るたび、懐かしさに襲われる。それは個別の懐かしさじゃなく、懐かしいという現象、懐かしさそのものがそこにあるから。

 昼下がり7号館の陽射し。8号館地下の黄色い花。3号館の白いカーテンと複雑なスイッチ。壊れかけた5号館のヒーター。4限が終わって帰る時の黄金の夕暮れ。そんなものたちを、その優しい光を、何とか言葉にしようとするけれど、何度も試みるけれど、どうしたって描けやしない。

 刻一刻と時間は削られていく。理念と現実の距離はどれだけ離れている?いつだって、自分が何か特別なことを書いているような気がしていた。未だに不安な夜は眠れない。いつまでも子どものままで、歳月だけがただ淡々と流れていく。

 あの陽だまりは、木々のさざめきは、何処へ行ってしまったんだろう。ついさっきまで、ぼくはその中を歩いていた筈なのに。余りにも色彩が変わってしまった教室の空。外から眺めると、不思議と何も変わってないように見えるね。

 さっきまで知らなかった花の名を今は知っている。何も咲かない柵の周りを花韮が囲んでいる。2号館から7号館を見ると窓に細工が施してある。内から見る美しさと外から見る美しさ。去年までは気付かなかったこと。向かいのホームに幻を見る。やっぱり永遠の距離が横たわっていたなと思う。

 あらゆるものに過去の面影を見る。過去に戻りたいって気持ちが、いつも強く心を縛りつけている。その中には「4年前に戻りたい」ってのもあれば、「15年前に戻りたい」ってのもある。その2つはたぶん、まったく別の感情。4年前のはきっと、後悔(ぼくを貫く基本原則)に基づいている。ああすれば良かった、こうすれば良かったって何度も何度も考える。ひとつひとつの事柄を考えては、あり得たはずの選択肢を想像してみる。

 15年前に戻りたい気持ちは、もっとずっと切実な感情。きっとそれは、ぼくがこの先、永遠に求め続けるもの、青い花。分厚い雲に覆われている中で、あの頃だけが(正確に言えば20年前から4年半前までの15年間が)、暖かい陽射しに包まれている。もし、天国っていう言葉を使うとしたら、ぼくはきっと、それにその言葉を使うだろう。

 違っていることはと言えば、家具の配置が変わったことと、いつも満タンに水を張った銀色の皿が、居間の電気スイッチの真下に置かれていたことくらいなんだけどね。今、部屋の電気を消すと、配置が変わった家具の姿を思い出す。ああ…そこにいたね。

 未来の中に過去を見る。そんな生活を続けてる。