卒論メモ9 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


フィリップ・ケオー『ヴァーチャルという思想』によれば、

「彫像は、未加工の大理石の塊の中にヴァーチャルに存在」します。


これは、ミケランジェロの有名な言葉、

「素材が命じるままに彫るだけだ(wikiより)

を連想させる喩えです。


しかし、この喩えは、前回の記事で触れた

「形は実際ではないが、効果(あるいは本質)としては存在する」

というバーチャルの定義には当てはまらないようにも思えます。


『American Heritage』には、<virtual>のもう一つの定義があり、

Existing in the mind, especially as a product of the imagination.
心の中に(とりわけ想像力の産物として)存在すること。

というのが、それです。


この定義をミケランジェロの例に用いれば、

「ピエタはミケランジェロの心の中にバーチャルに存在していた」

と言うことができるでしょう。


しかし、この定義に従うとするならば、バーチャルな彫像は、

<心の中>に存在するのであり、<大理石の塊の中>ではありません。

それでは、ケオーの言葉はどう考えれば良いのでしょうか。


・・・次回につづく・・・


・・・と言いつつ、明日から家族旅行だったりして(笑)

木曜日に帰ってきます<(__)>


と、言いつつ・・・たぶん、毎日更新するであろう(* ̄艸 ̄)