フィリップ・ケオー『ヴァーチャルという思想』によれば、
「彫像は、未加工の大理石の塊の中にヴァーチャルに存在」します。
これは、ミケランジェロの有名な言葉、
「素材が命じるままに彫るだけだ(wikiより)」
を連想させる喩えです。
しかし、この喩えは、前回の記事で触れた
「形は実際ではないが、効果(あるいは本質)としては存在する」
というバーチャルの定義には当てはまらないようにも思えます。
『American Heritage』には、<virtual>のもう一つの定義があり、
Existing in the mind, especially as a product of the imagination.
心の中に(とりわけ想像力の産物として)存在すること。
というのが、それです。
この定義をミケランジェロの例に用いれば、
「ピエタはミケランジェロの心の中にバーチャルに存在していた」
と言うことができるでしょう。
しかし、この定義に従うとするならば、バーチャルな彫像は、
<心の中>に存在するのであり、<大理石の塊の中>ではありません。
それでは、ケオーの言葉はどう考えれば良いのでしょうか。
・・・次回につづく・・・
・・・と言いつつ、明日から家族旅行だったりして(笑)
木曜日に帰ってきます<(__)>
と、言いつつ・・・たぶん、毎日更新するであろう(* ̄艸 ̄)