12日(月)は“スポーツの日”だったけど、前日まで6日連続して歩いてるから無理は禁物、読み掛けてた塚谷裕一『植物のこころ』の後半部読んで休めることにする。
この新書本の前半部で、以前からそう思ってきた無性生殖の有利についてストンとくる解説がなされており、大変喜ばしく?読んだのだけれど、その後少し難しい部分に突き当たり、手出しに躊躇してたのだ。難しいところ読み飛ばすのは得意技、そしたらまたまた喜ばしい文章に接することが出来た。
ある種の植物は、動物に喰われないよう棘をもったり、有毒成分を作ってるとか、またある種の動物は、他の動物からの捕食を逃れるためになどなど、如何にも植物やポリネーターなどが、一種の意思でもってこの世に存在出来てると表現される場合は少なくない。
これらに対し塚谷センセは(以下私なりの要約)、
「アゲハのさなぎは、枯れ枝に着くと茶色に、新しく緑色した枝に着くと緑色に擬態する。鳥に捕食されないという視点からすると凄いことのように見えるが、実はアゲハは色を見て判断しておる訳では無い。長い長い進化の過程でアゲハは、ざらざらした広い足場でさなぎになる場合は茶色になり、つるつるして細い足場でさなぎになる場合は緑になるというプログラムをたまたま獲得したに過ぎない。
だから、アゲハをつるつるして細いけど、茶色い棒の上でさなぎにさせると緑色になる。
このことは、イヌビワとイヌビワコバチなど、花と訪花昆虫の特殊な関係にも言え、複雑でとても良く出来た生命現象も、実は徹底して機械的で融通の利かない、どこか抜けていたり本質を突いていなかったりする部分からスタートしている」
もうひとつ、最近話題になってるスズメと桜の話しも出てきた。
「送粉者が昆虫の場合はともかく、少し知能を備えた動物の場合には、花とポリネーターとの関係に“学習”による急激な変化が引き起こされる場合がある。
近年全国的に観察されるようになったスズメによる桜の花筒部食い千切り行為もそのひとつで、多くの集団がこの方法で蜜を奪う行為が進行すると、桜の進化による力でこれに対抗するのは困難であろう」
1日休んだだけで疲れは取れないけど、以降の予定を鑑みれば・・
増して昨日探した“地図”は図書館の蔵書にも見当たらなかったので、ここは一丁
“下見”にでも出掛けようか。
