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ラブ・青春etc

カーテンも閉めないで寝てしまったらしく、日の光で目が覚めた。リビングに行くと母はもう起きていた。

「おはよう。今朝ご飯作るね」

「おはよう」

簡単にオムレツを作り、二人分テーブルに運ぶ。一緒に朝食を取り、昨日のアルバイト先での飲み会の話をすてみることにした。母が不安に思うのなら行かないつもりでいた。でも母は「そうなの気を付けてね」と言ったきりだった。

午後になり、バイトの支度をしていると慧がやってきたので、母を頼んで家を出る。春の風はやはり気持ちがいい。いつもの公園では親子連れがピクニックを楽しんでいた。あたしもあんな時期があったなと思いながら歩いていると、いつの間にかコンビニに到着していた。挨拶をしてロッカールームに向かうと店長に呼び止められた。

「飲み会の件どうだった」

「多分大丈夫だと思います」

「そうか、よかった。それなら出欠確認するから、用紙に、どの日に行くのか記入しておいてね」

それだけ言って笑顔で掲示板を指さすと、店長は仕事に戻っていった。スタッフ全員がどの日にいくのか書かれている。五十嵐先輩は金曜日の夜だったので、愛弓もその日に行くことにした。



 その後も慧はしばらくネットを開いていたが、しばらくすると「また明日」といいながら帰って行った。

 深夜になって母の様子を見に行くと、すうすうと寝息をたてて眠っていた。母が眠った後の家には張り詰めた空気が消える。私は自室に戻ると、本の入っていた袋を手にした。先輩からの手紙なんて初めてだ。ドキドキしながら慎重に開封すると『よかったらアドレス書いておくのでメールください。クッキーは妹が作りすぎたのでおすそ分けです。 五十嵐蓮』と書かれていた。綺麗な字だった。これだけでも便箋や封筒の端々に先輩の人柄が表れているような、そんな気がした。クッキーはハートの小分け袋に入っている、小さくて可愛いチョコチップで口の中に入れると少し甘ったるい感じがした。砂糖とバター入れ過ぎたのかなと、そんなことを思いながらメールを送った。言葉を選ぶのに時間がかかり、結局は無難な文章になってしまったが、それ以外には思いつかなかった。

 『クッキーありがとうございました。おいしかったです。妹さんにもよろしく伝えてください 本城愛弓』

 初めて送るメールは、送信ボタンを押すのにも手が震えてしまった。送信済みの画面が出ると、思わずふぅと息と同時に緊張もとけていった。手紙を引き出しにしまう。そこには以前もらった栞も入っている。大切なものをしまう引き出しで、ここだけには鍵をかけていた。少し眺めてから、部屋の電気を消すと、月明かりに照らされた携帯電話が、確実にメールを届けてくれたと知らせてくれたような気がした。


翌日、起きると母はソファーに座ってテレビを見ていた。

「おはよう。私昨日ここで寝ちゃったのね」

「金曜日って大抵そうなるじゃない。」

そういうと母は少し微笑んで「そうね」と言った。

 午後六時。シフトの時間に合わせて家を出る。

「おはようございます」と言いながらスタッフルームに入り、制服に着替えた。そのまま店頭にいくとパートの菅原さんがいた。

「時間なので交代します」

「え?でもまだ十五分も前じゃない」

「いいんです」

すると、ふっと息を吐いた菅原さんはほほ笑んだ。

「愛弓ちゃんはさ、いろんなものを背負ってそうだけど時間よりそんなに早く来る必要もないんだし、今度からゆっくりおいで。今日は時間になったら、私が呼びに行くから。ね?」

温かい風を身体の中心に送り込まれたようだった。

「わかりました。ありがとうございます」

愛弓は素直にそう言うと、休憩室で菅原さんが来るのを紅茶を飲みながら待った。


深夜二時。仕事が終わり、スタッフルームに行くと、店長が、何かが書かれた紙をロッカー室の入口に貼っていた。

「なんですか。それ。」

「本城さん、お疲れ様。ちょっとスタッフでお互いに全く知らない人たちもいるから飲み会でも開いてみようかと思ってね」

この店は社員・アルバイト含め三十人程いる。昼間しか働けないパートのおばさんや、夜にしか働かない学生アルバイト、いつ来ても顔を見るようなフリーターや社員。愛弓は未だに二十人程しか知らなかった。

「全員なんて集まれないですよね?」

「そうなんだよね、だから、とりあえず三回やって、どれかに参加してくれたらいいなってことで。普段一緒に仕事してても、何にもお互いに知らない人たちって意外にいるから。一回ちゃんと話せばもっと売り場も活気が出るし、きっと雰囲気もよくなると思うんだよね。本城さんもどれか都合のいい日でいいから、参加してくれるといいな。家庭の事情も知ってるから無理にとは言わないけど」

「わかりました、検討してみます」

そういうと「気を付けて帰ってね」といいながら店長は店頭に向かっていった。

夜は好きだった。昼間は駆け回っている人たちがみんな寝静まって、ほとんど物音がしない。少し冷たい風が髪を撫でていった。空を見上げると雲はほとんどなく、星がまばらに光っていた。バイトの人たちはたくさんいると思うが、それでも先輩と仕事や学校以外で一緒にいられるかもしれない。そう思うと期待で胸が膨らむ。

家に帰ると母は本を持ったまま寝ていた。鼓動がバクバクと脈打っていたが、母が穏やかな表情で眠っているのを見て一気に力が抜け、そのまま自室に戻ると、ベッドにうつ伏せになり、そのまま夢の中へ落ちていった。





振り返り、五十嵐先輩に手を振った。



自分の住んでいるマンションにつくと、心臓がバクバクと音を立て始める。このエレベーターで上がる瞬間が一番嫌いだった。母が倒れていたらどうしよう。そんな想像が止まらなくなる。

家に帰ると人の気配はなく、物音ひとつしなかった。思わず息を吐き、椅子に座る。



私の家はいわゆるシングルマザーだ。といっても父の顔は覚えている。最後に見たのは高校一年生の冬。父は、母と私を残して愛人の元へ行ってしまった。中学に入学したころから、口喧嘩が増え、衝突しているということは察していたが、その姿を目撃したことはなかった。何か原因があるのだろうとは思っているが母にそれを聞いたことはなかった。聞く勇気もなかった。

ある日、学校から帰ってリビングへ行くと、そこには父の名前だけが記入されている離婚届けと共に、結婚指輪とお金の入った封筒が置かれていた。あまりの衝撃に母の務めている会社へ電話を掛け、母は帰ってくると、靴も脱がずにリビングへ駈け込んできた。そしてリビングに置いてる離婚届と結婚指輪を見たとたん、いきなり叫び、キッチンから包丁を持ち出して自分の手首を切った。その後は覚えていない。気がつけば朝だった。目が覚めると、病院のベッドで横になっていて、隣に住んでいる幼なじみの慧が、横の簡易イスに座っていた。叫び声を聞いて飛んできて、倒れている母を見て救急車を呼び、座り込んで放心している私を介抱してくれたらしかった。母は入院して、手首は縫うことになったが、命に別状はなく、残ったのは過呼吸と自傷癖だった。

私はその事件以来、母の症状を気にしながら高校に通い、バイトをして、お金を稼いだ。父は半年に一度、ポストにお金を入れた封筒を入れていってくれたが、それでは不安だったのだ。母は以前のように働くことはできず、一か月の半分以上を家で過ごしていた。私も母の状態が悪いことがわかると早退や欠席を繰り返した。それでもなんとか高校を卒業し、大学へ進学を決めた。就職をして母に生活の不便をさせたくないと思っていたのだが、母に大学は卒業してほしいと強く言われたのだ。それならと家の近くにある、国公立の大学をしぶしぶ受験したところ、合格通知が届いたため大学生となった。

大学を受験するとなってから、母は前よりも働くことができるようになった。要は心の持ちようなのだそうだ。体調の良い日はできるだけ働き、愛弓を大学へ入れるためにお金をかき集めた。最初は月に一度のペースでひどく落ち込み、過呼吸や自傷を繰り返していたが、それ以来、半年に一回のペースになり、だいぶ落ち着いたのだ。



夕食の準備をして、母の帰りを待っていると、玄関の方からドンドンと大きな足音が聞こえてきた。ドアから顔を出したのは慧だ。

「ただいまー。腹減ったな。」

「おかえり」



慧は、マンションの隣の部屋に住んでいる幼馴染だ。昔はそれほど家に入り浸るようなことはなかったが、あの日以来、毎日のようにやってくる。高校でも家の事情を話して欠席や早退が多い理由を一緒に先生に説明したり、クラスでからかう奴等がいれば、黙らせたりしてくれた。それに加え、私に用事がある時は、母の様子を見ていてくれる。先輩とは違うにしろ、私にとって恩人であることに変わりはない。



慧はコーヒーをコップに注ぐと、テレビをつけてソファーで横になった。まるで自分の部屋のようにくつろいでいる。私は夕食の準備を続けた。今日のメニューはフレッシュサラダとジャガイモのポタージュ、茄子のミートソース。「もうすぐできるよ」と慧に声を掛けると、今度は玄関からヒールの音がした。今度こそ母だ。心臓が強く脈打ち始める。

「ただいま。あら、慧君いらっしゃい。」

母の顔を見て愛弓は胸を撫で下ろした。

「おかえりなさい。今日はパスタだよ。ジャガイモのポタージュもあるの。もうできるから、コート脱いで手洗ってきて」

準備が整い、三人でテーブルを囲った。

「おいしい?」

「えぇ」

「あぁ、うまいよ。オレこのスープ好き」

「そうなの。ならよかった」

それ以上の会話は続かない。いつものことだ。食器がカチャカチャと音を立て、静けさが広がる。食事が終わるとワインのせいもあり、眠くなったらしい母は、ソファーに移動するとそのまま寝てしまった。私もしばらく本を読んでいたが起きる気配のない母にブラウンケットを掛けると、一気に気が抜けた。

後片付けを済ませ、紅茶二人分淹れて、自室に行くと、そこでは慧がネットを開いていた。

「勝手に部屋のパソコン使わないでって言ったでしょ」

「悪りぃ。ちょっと調べたいことあって」

ふぅと息を吐きだし、諦めてベットで本の続きを読んでいると慧が顔を覗き込んでくる。

「怒るなよ。ちょっと使わせてもらっただけなんだから」

「何回も言ってることじゃない。次はやらないでね」

「わかったよ。…そういえばさ、今日って五十嵐さんに会ったの?」

「バイト一緒だっただけだよ」

「じゃぁこれ何?」

慧が持ち上げた、本が入っていた袋を受け取り、中を見ると、クッキーと手紙が入っていた。

「わからないけど、後で見るから置いておいて。後、人のもの勝手に見ないで」

「わかった」

何度言っても人の者を勝手に見たり使ったりするのだから、わかってないだろうと思ったが放っておいた。中身は気になったが、先輩からのものは一人で見たかった。