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ラブ・青春etc

「お待たせやっと仕事終わったよ」

愛弓に向かって先輩がミルクティーを差し出す。

「ありがとうございます。この公園に来るときが一番開放感ありますよね。すぐ近くだけど、誰も来ませんし。」

「そうそう。公園って言ってもベンチと時計台しかないから子供も来なくて、静かでいいよね」

「あ、そうだこれ、ありがとうございました。あと、この前言っていたのも持ってきたので中に入ってます。こうやって本を渡すのも当たり前になってきましたね」

そういいながら袋を差し出すと、先輩も紙袋を私に差し出した。

「ありがとう。俺も貸すのと借りたの両方入ってる。二週間ぐらいの間隔だけどね。俺、結構この日楽しみなんだ」

先輩はにっこりとほほ笑んだ。私もそれにこたえるように笑った。

その後は読んだ本の感想を言い合う。私はそれが楽しみで仕方なかった。時間も気にせずに話していたが、五時を知らせるチャイムが町全体に鳴り響いた。空を橙色のクレヨンで塗ったような空になっている。

「そろそろ帰ろうか」

五十嵐先輩がこちらを覗き込んで言った。

「そうですね」

愛弓も、深呼吸をして立ち上がる。五十嵐先輩と一緒にいるのは本当に心地がいい。

「送っていこうか」

「いえ、大丈夫です。それに家逆方向じゃないですか。今日はまだ日が出てるし、危なくもないですよ」

「そう?そう言うならまた大学で。気を付けてね」

「ありがとうございます。じゃぁ、また」

五十嵐先輩はいつも、見えなくなるまで見送ってくれる。いつものことだ。私は顔が見えなくなる曲がり角で振り返り、五十嵐先輩に手を振った。

 春の大学のキャンパスでは桜が見事に咲き誇っていた。ピンク色の空の下では、新入生が瞳をきらきらと輝かせて歩いている。洋服も真新しそうに皺ひとつないものを身にまとっている学生が多いのがよくわかる。気持ちを高ぶらせている新入生の中に一人、下を向いている学生がいた。本城愛弓は高校生のころからずっと着ていたようなジーンズにパーカーという姿で校門から駅へと向かってただ歩いていた。駅付近のコンビニに着くと裏口のスタッフ専用出入り口から中へ入っていった。

「おはようございます」とあいさつをしながら扉を開けると、そこには五十嵐先輩がいた。

「おはよう」

すーっと頭の中に自然と入ってくるようなきれいな声。それが五十嵐先輩の第一印象だった。男性にしては少し長めの髪だが、不思議と清潔感があり、その髪の隙間から見える瞳は、なんでも見透かしているように綺麗に澄んでいた。

私は大学の入学が決まってからここで働いている。人見知りをするので、最初の一か月ほどは同じ店舗のスタッフでもなかなか馴染むことができず、どうしようかと悩んでいる時、たまたま休憩時間に本を読んでいた愛弓に声を掛けたのが五十嵐先輩だった。お互いに本が好きだということがわかって、今では定期的に本の貸し借りをしているほどだ。そのうちに、大学も同じ法学部の先輩だということがわかり、会話が日に日に増えていった。店舗では、先輩が愛弓と話すようになると、他のスタッフも話しかけてきてくれるようになった。今まで挨拶しかしてなかったようなパートのおばさんやフリーターの人までもだ。しかし最初は話しかけてもらっても、「はい」「そうですね」のようなことしか言えなかったことを覚えている。自分自身のことを人に話すのは苦手だった。どんなことを思って聞いてきているのか、何を言ったら不快にさせてしまうのか。相手がどんな人かわからないと、どのように接したらいいのかわからなくなってしまうのだ。それでもスタッフの人たちは話しかけてくれて、愛弓が何かを言おうとしているのを察すると、口から言葉が出るのを待ってくれた。自分の居場所ができたような気がした。先輩は、そんな場所を与えてくれた恩人だった。

仕事をするために制服のシャツを着て表に出ると、店長にペットボトルの補充を頼まれたので、スッタッフルームの休憩所を通りすぎようとすると先輩に声を掛けられた。

「俺のロッカーに返す本あるの思い出したんだ。上がるの一時間ずれてるけど今日でもいいかな?」

「はい。私もこの前の本読み終わったものを持ってきてるんでちょうどよかったです。終わったらいつものところで待ってます」

先輩が頷くと私は補充に向かった。ステンレスに反射した自分の顔が緩んでいる。パシンと顔をたたいて、「仕事中」と自分に言い聞かせ、後ろでまとめている髪をもう一度きつく縛りなおした。

俺達五人はなぜかいつも一緒にいた。高校に入ってからずっとクラスが同じだったからかもしれない。理由はなかった。ただなんとなく一緒にいた。

俺達の高校は男子校で、偏差値は普通。そこそこ都心にも近く一般的な高校だ。高校二年の秋。体育祭や文化祭、修学旅行などのイベントがすべて終了した後の教室は、まだ少し余韻が残っていた。昼休みにもなると、写真を広げていたり、文化祭のときに知り合った女の子たちと合コンするんだと騒いでいる奴が溢れていた。もちろん俺達もそいつらと一緒に写真を眺めていた。

そんな中、一人で教室から窓の外を眺めている奴がいた。国吉だ。いつも盛り上げ役で話の中心にいるような奴なのにめずらしい。俺は国吉の隣の席に座った。

「どうしたんだよ?らしくねーじゃん」

「別になんでもねーよ」

国吉は席を立って俺の方を見た。

「写真、見にいこーぜ」

その目は、本当に何でもないから気にするなと言っているように思えた俺は、「あぁ」と返事をして写真を見に行った。机の上に広げられたアルバムの写真の中には体育祭で俺達5人が集合して映っているものもあった。

「なぁ、この写真貰ってもいいか?」

国吉がアルバムの持ち主である木多に聞くと、木多は写真を見ていた全員に向かって言った。

「好きな写真持って行っていいよ。俺は家にデータあるし、いつでも見れるから」

周りの奴らが、「俺のこの勇ましい姿を合コンのときに見せてやる!」と争うように写真の争奪戦をしている中、国吉はアルバムから俺達の集合写真を抜き取り、自分の生徒手帳に挟んでいた。

 その日の帰り、俺達はいつも通り5人でゲーセンに行って、改札で国吉と別れた。国吉以外はみんな下りの電車で方向が違うのだ。

「今日、国吉の調子悪かったな」

俺がそう切り出すと、他の奴らも気付いていた様子だった。

「なんかあったら国吉から言ってくれるだろ。高校入ってからずっと一緒にいるんだぞ」

中嶋がそう言った。中嶋は俺達の中でも唯一物事を冷静に判断する奴だった。冷めているようにも見えることがあるが、俺はそのクールな感じが中嶋のいいところだと思っていた。


深夜四時、寝ていると枕元の携帯が鳴った。国吉から電話だ。

『もしもし』

『俺、国吉』

『こんな時間になんだよ』

電話口からがさがさと物音がする。

『悪ぃ。お前さ、俺の生徒手帳知らない?鞄見たら入ってなくてさ』

『俺がお前の生徒手帳なんて知ってるわけねーだろ』

『そうだよなー・・・』

学生手帳がそんなに大事なものだとは思えない。無くしたのなら再発行してもらえばいい。俺は寝ぼけた頭で昼休みのことを思い出した。もしかして…

『お前さ、写真探してるんじゃねーの?』

『そうそう。集合写真』

『学校の引き出しにでも入ってるだろ。お前いつも無くしたって大騒ぎすると引き出しにあるじゃねーか。あきらめて、もう寝ろ。朝には教室で見つかるって』

しばらくの沈黙があった。

『おい。国吉?』

『あぁごめん。そうだよな。朝には見つかるか』

『そうだよ。大体こんな時間に起こしやがって』

『悪かったって。怒るなよ』

そういうと国吉は「また明日な」といって電話を切った。さっきの沈黙は何だったんだろうと思ったが、自然と瞼が重くなっていき俺は夜の闇へと引き戻されていった。


 次の日学校へ行くとチャイムが鳴っても国吉は教室に来なかった。俺は登校してすぐに国吉の引き出しを覗き、生徒手帳を見つけた。電話で起こされたんだ。生徒手帳を隠しておいてやろうと自分の引き出しに国吉の生徒手帳を隠した俺は、国吉が早く来ないかとそわそわしていた。チャイムから五分遅れで担任の先生が教室に入ってきて、朝のHRが始まった。そして、おはようございますのあいさつもなしに発した第一声がこれだった。

「まず報告がある。国吉なんだが、親の転勤で北海道に行くことになった。昨日で最後の授業だったんだが・・・本人の意思を尊重してみんなには黙っていた」

教室がざわめく。

「先生。北海道なら飛行機なんですよね?フライトの時間は?」

急げばまだ間に合うかもしれない。俺は引き出しから国吉の生徒手帳を取り出すと鞄の中へ入れた。

「あと一時間もないんじゃないか?確か午前十時だ。」

現在の時刻は午前九時五分。俺達四人は頷き、同時に教室を飛び出した。

担任が戻って来いと叫んでいるようだったが、そんなことはどうでもよかった。校門を抜けて駅へ向かう。とにかく走った。みんな考えていることは一緒だった。あと高校生活半分も残っているのに、黙っていなくなるなんて。駅のホームで発車ベルが鳴り響いていた。俺達は電車へ駆け込んだ。

「みんな、ごめん」

呼吸をと整えてから俺は切り出した。三人は一斉に俺を見たが、何故謝っているのか見当もつかないといった顔だった。俺は話した。夜中に国吉から電話が来たこと。生徒手帳の事、その後の沈黙のこと。あの沈黙は、きっと北海道へ行ってしまうことを考えていたに違いないと俺は確信していた。話し終わると中嶋が口を開いた。

「お前が謝ることねーよ」

でも、昨日の様子や、電話を通して国吉が何かを隠していることはわかっていた。その上俺達の集合写真まで持って帰っていたのに俺は国吉が引っ越すなどという想像すらしていなかった。当たり前のように変わらない明日が来ると思っていた。

「もし俺がお前の立場だったとしても気付かねーし、同じように明日が来ると思っちまうよ。そんなにへこむな。今から国吉に会いに行くんだから、会ったら一発殴ってやろーぜ」

三人が笑いながら拳を握っていた。「そうだな」俺は鞄の中の生徒手帳を確認して拳を握った。


 結局俺達は国吉に会えなかった。フライトの時間までには空港に着いたものの、広すぎた空港に慣れていなかった俺達は、搭乗ホームを探しまわっている間に午前十時を過ぎてしまった。

しばらく国吉からは音沙汰がなかった。俺の鞄にはまだ生徒手帳が入っている。メールを送っても国吉からの返事が送られてくることはなかった。

あれから一カ月。昼休みに四人でトランプをしていると携帯が鳴った。電話だ。誰からの電話なのかも確認しないで通話ボタンを押した。

『もしもし』

沈黙が続く。後ろから騒がしい声が聞こえるだけだ。いたずら電話かと思って切ろうとしたその時だった。

『・・・俺、国吉』

俺は手からトランプを落とした。

「お前、手札落としてるぞ・・・どうした?」

三人が交互に俺の顔を見る。俺は叫んだ。

『お前なぁ!俺達がどんだけ走ったと思ってんだよ!空港まで行ったんだぞ!メール送っても今まで無視しやがって!』

まだいろいろと言ってやろうと思っていると中嶋に携帯を取られた。

『国吉!お前今北海道なんだろ?黙って行くなんてひどいじゃねーか』

「俺の携帯返せよ」と言おうとすると、お前たちはすぐ喧嘩になるから待ってろと止められた。するといきなり中嶋が立ち上がった。

「お前今、国吉の生徒手帳持ってるか?」

「あぁ。鞄に入れたままだよ」

「それ持ってこい」

俺は席に行き、自分の鞄の中から国吉の生徒手帳を出してみんなのところへ戻った。

「よし、行くぞ。携帯返す」

腕を引っ張られた。わけもわからいまま走っている。校門に向かっているようだった。

「おい、なんで走ってる・・・」

俺が言いきる前に三人は同時に言った。

「校門に国吉が生徒手帳取りに来てるんだよ!」


それを聞いた俺は、三人を抜いて一気に校門まで走って言った。

もちろん、左手には生徒手帳、右手には拳を握って。