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ラブ・青春etc

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 一週間後、私の生活は元に戻っていた。

「ただいま」

 学校から家に帰る時はやはりバクバクと心臓が音を立てる。いつものように玄関の扉を開けるとジュウジュウと音がする。何事かと思って、音を辿りながら進んでいくと、そこはキッチンだった。

「おかえり、久しぶりに料理してみたの。慧君の分もあるのよ」

 母はそういいながら鼻歌を歌い、焼きそばを作っていた。母が料理をするのなんて何年振りなのだろう。あれ以来、母の手料理なんて食べていない。父のことを思い出してしまうらしく、過呼吸を起こしたので、作らせないようにと医者から言われていたのだ。

「慧、呼んでくるね」

 そういうと、私は自室に向かい、携帯で電話をかけた。すると、玄関から「どうした」という声がした。

「電話したのに」

「だって来た方が早いだろ。で?」

「夕飯、焼きそばだって。お母さんが今作ってて…」

涙が溢れそうになるのを必死にこらえながら言うと、慧の手が愛弓の頭を撫でた。その手は先輩よりも暖かく、柔らかかった。先輩の言っていたことはこういうことかもしれない。

「四年ぶりだな、腹いっぱい食べないと」と言って、慧は愛弓の手を取り、リビングに向かおうとしていたので、何気なく背中に抱き着いた。

「なんだよ」

「ありがとう」

目を丸くしていた慧は、笑っていつものように愛弓の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

「そんなこと言うなんて、雨でも降るんじゃねぇの」

「ひどい!そんなことないわよ」

そんなことを言い合っていると「愛弓、慧君、できたわよー」と母が呼ぶ声がした。

「「はーい」」

二人は笑いながら同時に返事をして、リビングの扉を開いた。

「いただきます」

 母に見つめられながら、やきそばを、口に運ぶと、懐かしい味が口いっぱいに広がった。

「私が何度作ってもやっぱりこの味にはならなかったの。おいしい。でもなんで突然料理なんてしたの?」

 慧も不思議そうに母の顔を見た。

「今更だけどね、気づいたの。出ていったあの人よりも、今、側にいてくれているあなたたちの方が私が大切にしなきゃいけないんだって」

 私の目から堪えていた涙が溢れ出した。そして母に抱きしめられ、止まらなくなった。私の肩にも水滴が落ちる。慧はまた私の頭をぐしゃぐしゃに撫で、満面の笑みで私たちを見守ってくれていた。

翌日、目が覚めると見慣れない真っ白な天井があった。腹部からの痛みを感じ、昨日のことを思い出す。救急車を呼んだという声までは聞いたのだが、その後が思い出せない。ベットはカーテンが掛けられていて、周囲からは話し声や抑え気味のテレビの音が聞こえる。大部屋の隅らしく、愛弓の右隣には窓があり、そこには空き瓶のを花瓶にしてあるタンポポが一輪あった。外は快晴で雲一つ見当たらない。

 外を見ていると「あ、起きた」と言いながら慧が入ってきた。

「お母さんは?」

「今は寝てるよ。詳しくはまたあとで聞くだろうけど、オレとお前の口喧嘩でおじさんと口喧嘩してる自分を重ねあわせたのと、煙草が原因みたいだな」

「そっか…。昨日はごめんね。」

「いや。俺も悪かった。煙草なんて吸わない方がよかったよな」

「原因は煙草だけじゃないから。気にしないで。大体、駅にだって勤め先にだって、喫煙所はあるんだから」

 話をしていると先生が様子を見に来た。そして、私のけがの状態と、母の様子を話してくれた。すべてを話し終わると先生は「お大事に」と言って帰った。

「………あ…あのさ」

「なんだよ。言いたいことあるならはっきり言え。先輩のことか」

「あ、うん。昨日あの後どうしたのかなって思って…」

「お前の家が荒れてたから、それだけ片付けて帰った。今日顔出すようなこと言ってたけど」

「そっか。お礼言わなきゃ…」

 そんな話をしてると、先輩がカーテンの隙間から顔を覗かせて、中に入ってきた。慧は立ち上がり「またあとで」といいながら席を立った。

「体調は?大丈夫?」

「はい。怪我も縫う必要もないみたいです。…昨日は、突然あんなことになって巻き込んでしまってすいませんでした」

「頭なんて下げないでよ。顔上げて。それよりも、驚いて何もできなくてごめん」

「でも救急車呼んでくれたりしたじゃないですか。それに昨日家も綺麗にしてくれたって、慧から聞きました。あんなことになる前に、あたしがちゃんと話しておけばよかったのに…」

「あ、あぁ。そのくらいしかできないから。簡単に人に話せるようなことじゃないでしょ。そんな風に責めないで。そういえば、おばさんは?」

「母は精神科の病棟にいます。怪我もしてないし退院してもいいみたいなんですけど、あたしが明日まではここにいる予定で。家に帰っても一人になっちゃうから、あたしと一緒に退院しようかと思ってます」

「そっか。少し聞いてもいいかな」

「はい」

「このこと知ってるのは、慧君と店長だけ?」

「そうです。高校のときは噂になっちゃったんで、みんな知ってましたけど、今では二人だけですね。といっても店長に深くは話してないですけど」

「いつからなの」

「高校一年からです。両親の離婚がきっかけで…慧は元々幼馴染で仲よかったんですけど、このころからよく家に来るようになりました。それで、たまに母のことを頼んだりしてます」

 先輩は立ち上がると、窓を開けた。清々しく気持ちのいい風がなびいて、タンポポが気持ちよさげに身を任せている。

「あの、このこと他言無用でお願いできますか」

「もちろん。誰かに話す気はないよ。あぁ、店長には少し事情説明して、今日休みにしてもらっておいたけど、いいよね?慧君に頼まれたんだ」

「はい、いろいろすいません。後で自分からも連絡しておきます」

「愛弓ちゃんっていつも“すいません”だね。俺は“ありがとう”の方が俺は嬉しいかな」

 はっとした顔で先輩の方を見ると、あの瞳がこちらを捕まえていて、目がそらせなくなる。

「五十嵐先輩。昨日のことなんですけど…」

 ここまで言うと掌で口を塞がれ、ぱっと離れていく。

「あれは、なかったことにしよう」

「なんで…ですか」

「勝てる気がしないんだ」

 思わず首をかしげた。

「何に…ですか」

「君のナイト」

「なんですかそれ。わけのわからないことを言わないでください」

「愛弓ちゃんが気づいていないだけだよ。君の近くにいるじゃない。このタンポポも彼なんじゃない?」

「慧ですか?これは、あたしの好きな花を知ってるから持ってきてくれただけで…」

「やっぱり慧君か」

「やっぱりって?ただの幼馴染ですよ?」

 頭が混乱してた。なぜこの話に慧が出てくるのかわからない。

「少なくとも俺にはそう見えないよ。愛弓ちゃんは彼を大事にした方がいい」

 先輩の瞳が、本当になんでも見透かしているように見えて、私は何も言えなくなった。

三分ほど沈黙が続いただろうか、それをぶち破るように慧が戻ってきた。

「おい、おばさん目覚ましたぞ」

「本当?」

 思わず起き上がろうとすると、痛みが走った。

「痛っ…」

「無理しちゃダメだよ。じゃぁ俺は帰ることにするから。おばさんの所行ってあげて。お大事にね」

「あ、はい。わざわざ来ていただいて、すいま…ありがとうございました」

 先輩は私の顔を見て笑いながら、慧の肩をたたき帰って行った。先輩の背中が以前よりも大きくなったような気がした。

二人はそのまま無言で、部屋に向かって歩き出した。部屋に戻ると、愛弓の血が床に広がっていて、飛び散ったカップもそのまま、絨毯も濡れたままだった。先ほどの残骸がそのまま残っている。けれども救急車も去った今、その静寂さが嘘のようだった。空気も何一つ動かずに固まってしまっているようだ。

「オレこのまま病院向かいますけど、先輩どうしますか」

「…ここを片付けてから帰るよ。病院に行っても何もできないだろうし。さっき線路沿いの病院が行きつけだって聞いたから、日が昇ってから様子を見に行く」

「わかりました。鍵置いておくので、下のポストに入れて帰ってください。後、バイト先の店長は家の事情、少しは知ってるんで、詳細は説明せずに、“家庭の事情でけがをしたのでしばらく休む”とだけ伝えてください。本人からまた連絡させるんで」

「あぁ、わかった」

 そう言って慧は病院へ向かっていった。先輩は全て片付け、タオルも洗濯をして干すと、ポストに鍵を入れて、自宅へ帰った。気が付くと、雨はすっかり止んでいて、空には綺麗な満月が、何もなかったかのような様子で浮かんでいた。