凍

沢木 耕太郎
凍
互いに世界でもトップクラスのクライマーである山野井夫妻。その登攀(とうはん)には数々の成功と失敗を繰り返し、そしてヒマラヤの高峰でありながらそれほどクライマーには興味を持たれてこなかったギャチュンカンに彼らは挑戦することに。
しかしギャチュンカンのその圧倒的な絶壁と雪崩は容赦なく、山野井夫妻に襲いかかった…。
全編を通しての厳然とした事実の羅列が全てを超えて圧倒していきます。
例えば、夫の泰史は両手両足20本の指のうち18本、妻の妙子は両手の指10本を凍傷によって失ってしまいます。そんな事実でさえ私の想像力など軽く超えてしまっていて、この本の帯にあったように、フィクション、ノンフィクション関係なく、ただただ、物語として真に迫ってくるのです。
他にも低酸素の障害によって視力が無くなり音を頼りに絶壁を下るなんて、驚愕を通り越して感心してしまうくらいだったのですが、雪崩によって標高7000メートルでロープ1本の宙づりになったときにただ「参ったな」と思う妙子には感心というより、惚れましたよ。。
沢木耕太郎は淡々と無機質な言葉を連ねていき、事実がそのままの重みとして感じられるように描いていきます。これは決して沢木の文体の性質などではなく、誇張は重みを変えてしまうとしての計算された表現であるのです。
ただ、最後に沢木は山野井夫妻にくっついてなんとギャチュンカンに行ってしまうのですが、沢木さん、あなた、飛行機が墜落しても生きていたからって自分を無敵だと思っていますね、と私なんかは思ったり思わなかったり…。
夫妻の偏執的な山に対する愛情に対して、私の頭にまず浮かんだのは気狂いという言葉でした。けれど、単純に登ることが好きという感情が昇華しただけなんですね。そしてそこには必ず圧倒的な物語が生まれるというだけなのです。
格好いいコートが見つからない
ただでさえ年末は忙しいのに、ドラクエを買ったものですから、まるで寝てません。
今年はどの忘年会でもハードゲイをやる人がいますが、あの「フォー」という雄叫びは結構難しいんだなあ、とその都度感じます。本家は絶妙の「フォー」だったのですね。どうでもいいことなんですけど…。
アニメの「灼眼のシャナ」と「Canvas2」を見ているので、そのコミカライズされたものを読んだのですが、「灼眼のシャナ」は比してもそのまま違和感なく読めます。見せ方も頑張っていてアニメそのままという感じです。原作を読んでいないので浅い感じ方ですが。。
「Canvas2」は断然、コミックの方がいいです。明るい進行の中にアクセントとしての辛い過去を入れていっているので、テンポ良くキャラクタを感じられ、ストーリーも王道、定番にすることによってテーマがわかりやすくなっています。アニメは真逆の手法なんですよね。見ていて辛い上に明るさが表面をだだ滑っていくという。。
人間の多面性を描かずにはいられないという強迫観念にも似た、この病はあまりに最近の物語には横行していて、これではずっと宮崎駿の一人勝ちなんですよね。漫画ではシンプルに徹してテーマを追求していくということがよく見られるだけに、このアニメとの乖離は何でだろうかと思いますねえ。

なんだかんだ云ってこんなのばっかり描いてます。

児玉 樹, FC01 FANDC.CO.JP
Canvas2 ~虹色のスケッチ~ (2)

高橋 弥七郎, 笹倉 綾人
灼眼のシャナ 1 (1)
絶対可憐チルドレン (1) (2)

椎名 高志
絶対可憐チルドレン 2 (2)
10歳にして天才エスパーである三人の少女とそのまとめ役である青年がいろいろしでかすというドタバタアクション。ギャグに対して一段階とばしたツッコミがとてもテンポ良く素直に楽しめたのですが、とかく絶妙だったのはその人物配置でしょうか。
三人の少女はその異能ゆえに常に差別を受けるのですが、まとめ役を元天才にして徹底的にフォローさせているんですね。
少女たちは差別の理不尽さを乗り越えなきゃいけないのは重々わかっていながら、まだ10歳ということで感情の全部を抑えきれない。そのこぼれでた部分をフォローするには、青年の一喝でも十分の満足感を読者は得られるのです。
子供と大人の関係性で、これだけの速いテンポで進んでいく中では絶妙のバランスであったなと思います。
読んでいてずっと思い出していたのは和月伸宏の「武装錬金」でして、この二人は目指すところはまったく一緒だ思うんですよね。二人ともバランスをとりながらいつも暴走したがっていて、そのバランスとりに成功した人と、失敗した人…。
「絶対可憐チルドレン」にはまだ面白そうな伏線もあり、これからも椎名高志のノリの良さに期待です。
最後に、私は断然、紫穂。
真月譚月姫 (3)

佐々木少年
真月譚月姫 3 (3)
登場人物の行動に対してなんの理由付けも予感も描かずに、ただ、こういうキャラクタだから、って感じで話が進んでいくんですね。
1巻の時はまだ始まりの雰囲気はあったのですが、3巻になっても一切の理由が描かれていないというのは固定の、月姫の漫画版を読みたがっている読者しか狙っていないということなんでしょうかねえ。
私は原作のゲームもアニメも見ていないのですが、正直誰一人にもついていけませんでした。ほら、このキャラクタはこういう設定だからこういう行動や言動をするんだよ、すべてがこの繰り返しにしか見えないんですよね。秋葉とシエルがいきなり戦いだしたときには、ぽかーんとしましたよ。。
すべてがラストに向かって凄まじく収束していく物語かもしれない、衝撃のラストの一瞬のための物語かもしれない、そんな期待を持ちながら結局4巻を心待ちにはしているのですが…。
選ばれるか、選ばれないか。少年は、世界を救うような、世界の仕組みに関われるような、「選ばれた」人にいつでもなりたいんですね。いったん選ばれてしまえば、あとはわずらわしい社会や経済などはどうでもよく、安心してウジウジ悩んだり怪物を殺したりできるのです。
世界は、自分と少女という最小構成。少女は自分を導いてくれるのが望ましく、裏切らない証として、細やかなセックス描写も必要になってきます。あとは、この世界を救うなり壊すなり、ご自由にどうぞ…。
月姫はこの狙い通りに作られていますよね。量産が可能ですし。そして一番重要なファクタは、セックス必須というところに間違いないでしょう…。
ジャガーになった男

佐藤 賢一
ジャガーになった男
徳川太平の世、伊達藩士・斉藤小平太寅吉は遣欧使節団に加わり、イスパニアに向かった。
寅吉はイスパニアで過ごすのち、ここには戦がまだあるという魅力に逆らえずに使節団と別れる決心をする。そうして侍、寅吉のイダルゴ(戦士)としての冒険が始まった…。
実際に現在でもスペインのセビージャにあるコリア・デル・リオという村にはハポン(日本)という姓を名乗る人々がいて、彼らは1600年初頭の遣欧使節団の子孫だろうといわれているんですね。逢坂剛の「ハポン追跡」なども同じ題材なのですが、今作はその発想の自由さが際だっています。
下克上に乗り遅れた寅吉にとっては戦いに身を置けるということこそが無上の喜びなんですね。ヨーロッパの戦場における侍の鬼神のごとき活躍なんかは、もし侍が世界を相手にしたら、なんていう空想を実現してくれてとても胸がすくのです。
スペイン人女性との燃えるような恋や、達観しているように見えてすぐに性欲に転んでしまう寅吉というキャラクタも伸びやかでいてけれど清廉で愉快です。命を賭すことにしか生を見いだせない寅吉はやっぱり武士なのですね、かっこいいです。
題名にあるジャガーとは、「死に足りない」寅吉が遂にたどり着いたペルーの原住民の戦の神を示しています。
ペルーって…冒険しすぎじゃね?、と思わなくもないのですが、とにかく寅吉はペルーの原住民の神となって今度はスペイン兵との戦いに挑んでいくのです。
ただ神としてのジャガーが示しているものは、戦いにはつきまとう必然、死に疲れた寅吉の心情そのものなんですね。苛烈に戦いを望んでいた寅吉も死がもたらす絶望には疲れ切り、最後はただの畜生にすぎないジャガーになってしまうのです。
中世ヨーロッパにおける侍の冒険譚、それは胸を躍らせながらも儚さが残る物語でした。
